坂野潤治「日本近代史」

nihonkindaishi_banno.jpg 461ページ、新書としては大変な分量。
通勤電車の中で読むと5往復は必要だなと思い、実際、そのとおりとなった。

岩波、中公、ちくまなどの新書は1分で1ページを目安にしている。
通勤時間は、歩いている時間を除くとだいたい片道1時間なので1日120ページ、普通の新書だと200ページを超えるから、2日で読む計算になる。この本は4日の計算だけれど、内容が重く、細かいから、5日を要すると予想した。


わかりやすいストーリーを組み立てて、そのストーリーに合うように登場人物、社会(国際)情勢をあてはめていく、そういう教科書的なやりかたに慣れている者にとっては、なんとも読みにくい本である。
つまり、割り切った理解(正確には先入観の満足)には程遠く、もちろん著者の解釈も挟まれるのだけれど、緻密な事実を追いかけさせられる。
高校までの学校教育を最後に、歴史の勉強から遠ざかっている理科系人間には、自分の歴史理解を問い直される思いがする。

この本を読んでいると、歴史が評価するということの難しさというか、評価されるものの無念さみたいなものを感じてしまう。

今、我々が過ごしているこの時、この行動は、きっと後世に評価され、意味づけられていくのだろうけれど、今を生きている者は、そうではなかったと言うに違いない。


だから、一つの事実が、教科書的な割り切りではない、さまざまな異なる意義づけをされて示される。

そうした事実に気づかされると、自由主義、民主主義、政党政治、そういうものが維新後に成熟してきた歴史と考えてはいけないことを思い知らされる。

なぜ仇花のような大正デモクラシーから戦争・敗戦へと突き進んだのかも、とりたてて意外なことでも、民主化の敗北でもなくなってしまうように思う。


歴史を手短に理解しようという人には絶対不向きな本である。
しかし真面目に歴史を勉強しようという人には、覚悟の上で読むべき本と言えるのではないだろうか。

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