「おもてなし」~アトキンソンの続き

アトキンソン「新・観光立国論」の続き。

昨日は、アトキンソン氏が言う観光立国のマクロ面を中心にしたけれど、本書で手厳しく批判されているのは「おもてなし」である。

takigawa_roku.gif 滝川クリステルのプレゼンテーションで有名になった「お・も・て・な・し」は、日本国内では絶賛され、流行語にもなったけれど、アトキンソン氏によると、欧米のメディアは否定的な反応だったのだそうだ。

アトキンソン氏が言うには、あのように音を区切って話されると、欧米人は馬鹿にされているように感じるのだそうだ。

氏は、ああいうプレゼンのしかたもスタッフの指示によるものだろうから、滝川クリステルを批判するつもりではないようだ。
rokujirorw 私は滝川クリステルのファンではないから、やっぱりお人形?と言いたくなるけれど。


氏の主張を簡単に言えば「おもてなし」は客寄せにはならない、日本人の自己満足の押し付け(「小さな親切大きなお世話」?)になっているかもしれない。

日本人が誇りに思う「おもてなし」=無料奉仕とは、チップ代が料金に含まれていることでしかなく、客にはサービスの良否を評価することが許されていない、そしてそれがフィードバックされないシステムでしかない。その証拠に、日本のホテルは型どおりのサービス以外は提供しないところがほとんどであると言う。

アトキンソン氏は事前に箸も使えることを和食レストランに伝えているにもかかわらず、店に行くとナイフとフォークが出されるのだそうだ。外国の方へのおもてなし・気遣いというのが店側の説明だそうだ。


それより重要なことは、成田に最終便が到着した頃には、成田エクスプレスは運転を終了していることとか、入国審査では外国人の窓口が少なく、日本人の窓口が手すきになってもそちらへ誘導するようなことはしないとか、観光スポットの案内がない、外国語表記がない、つまり、知ってるものだけが来たら良いと言わんばかりのインフラの状況をさして、客を客としてもてなす真心がなさすぎると糾弾している。
そして、こうした面での整備は、観光大国フランスや、観光振興を頑張ろうと言うイギリスでは既に達成されたことなのだそうだ。

もっとも数年前、イタリアでもドイツでも、電車に乗ろうと思っても、それぞれイタリア語、ドイツ語表示しかなくて苦労したけれど。


 高級ホテル一泊の宿泊費
 Hotel President Wilson, Switzerland   $65,000~80,000 
 Lagonissi Resort, Greece $47,000
 Four Seasons New York $45,000
 Raj Palace, Jaipur, India $40,000
世界にはとんでもなく高いホテルもあるそうだ
本書のAmazonレビューはおおむね高評価だが、中に低評価のものを見ると、観光客のために日本のやりかたを変える必要はないという趣旨の意見のようだ。そもそもアトキンソン氏は、観光立国を実現するために、やりかたを変えるべきと書いているわけで、そういう人は観光立国=外国人がたくさん来る国になってはいけないという主張をすべきであろう。

日本特殊論(本当に日本を解ってもらうことはできない)を持ち出す人も多いが、たいていの国・地域は、自国は特殊であるという自意識を持っているものであり、日本文化はユニークなものだけれど、他の文化も同様にユニークなのだということを理解しなければならない。

また、政府や自治体の観光政策はピンボケであるとも言う。
昨日書いたように、マクロ的な押さえもできず、マーケッティングもできない。
「日本の理解者を増やして来てもらう」などという、悪くはないがさほど効果を上げないものを「戦略」と勘違い。
だいたい、数が来れば良いのではなくて、日本にお金を落としてもらわなければならない。

「爆買」で観光客が増えた、沢山お金を落としてもらったと喜んでいるが、それで買われているのは実は中国、アジアで生産されたものが多いということには気づいているか。


郷に入っては郷に従え」というのは、郷に入る側の心得であって(したがってアトキンソン氏はそれに従っている)、郷に居て迎える側の心得ではない、それこそが正しい「おもてなし」の心得であろう。

外国人には日本のことはわからない、それならそれでも結構だが、外国人に日本に来てもらいたいなら、外国人による本当の日本の評価をちゃんと聞く耳をもちなさい、そういうことである。

「外国人」と一括するのもダメ。相手にあわせた「おもてなし」というか、接客が必要で、イギリスですら相手別の接客マニュアルが用意されているという。


「おもてなし」が悪いわけではないのだけれど、自分たちのやりかたが世界で一番だと過度に誇って、それを受け入れない外国人は間違っているというように考えていては、接客の基本である、相手に合わせる、相手の気持ちになる、ということからは最も遠い姿勢に陥る。

どうして私の気持ちを受け入れてくれないんだといって、ナイフでアイドルを刺すのに通じると言ったら言い過ぎか。

アトキンソン氏の批判を受け入れられないとしたら、そのことが批判されていることになる。
巧妙な論理である。

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