モーツァルトのもうひとつの家族~「モーツァルトと女性たち」(その3)

この章では、モーツァルト自身の家族、つまりコンスタンツェとの結婚生活のことが書かれる。
そしてこの章で最も意外だったのは、コンスタンツェが良き妻であったとされることである。

Wolfgang-Constance_choco.jpg ザルツブルクをはじめ、オーストリアの土産物店には、二人の肖像がならんだチョコレート類が各種売られている。
私は、ながらく「コンスタンツェ=悪妻」という通説を疑っていなかったから、一体、オーストリア人は何を考えてるんだと訝しく思い、コンスタンツェが並んでいないチョコレートを探し、そしてそちらを土産に購入した。

でも、本書によれば違うみたいである。

コンスタンツェが(客観的に)悪妻であったかどうかは別として、モーツァルトが愛していたという一点において、モーツァルトにとっては良妻であり、コンスタンツェが並んで描かれる権利はあると思うようになった。

今までの知識では、コンスタンツェを悪妻にするためだろう、モーツァルトがコンスタンツェの身持ちについて小言をいう手紙などがことさら紹介されていたと思うが、本書では、恋する女性に対する自然な思いでしかないと扱われる。

Costanze_Mozart_by_Lange_1782.jpg モーツァルトがコンスタンツェの身持ち、つまり不倫を心配する手紙を書いたのは、不倫の事実があるからではなくて、嫉妬心、愛が他者に向かう事への心配にすぎないとも解される。

「お金の使い方をしらない男と、お金を使うのが大好きな女が結婚したら、破滅することは当然である」みたいなことが"青島広志のこれだけ!西洋音楽史!!"というCDの解説(ナレーション)にあったように記憶するけれど、コンスタンツェの浪費については本書では、少なくともこんな無駄なことにお金を使った、という形では出てこない。もちろん妊娠や病気その他、必要な経費は多かったようだが、どうも一番の「浪費」にあたるのは身の丈に合わない住居を借りた(それは音楽家として仲間を集め、有利な就職を得る投資という面もあるのだけれど)ということのようだ。
そしてむしろ、経済的危機にあっては、少なくともモーツァルトよりはうまく切り抜ける知恵を持っていたようだ。

コンスタンツェ=悪妻説が論拠とするのは、葬式のときにお墓まで行かなかった、モーツァルトの骨の行方がわからなくなった、死別後になってようやく夫が天才だったとわかったが、そのときは自分の金儲けのために利用した、云々である。

これが適正な評価であったかどうかは、最終章「モーツァルト亡きあと」で詳細に点検される。

Aloysia_weber.jpg コンスタンツェだけでなく、ウェーバー家全体に対する評判も芳しくない。
いくつかの評伝では、モーツァルトはウェーバー家の巧妙な罠におちて、はじめはアロイジアに気を惹かれ、ついでコンスタンツェと結婚させられたという評価がなされる。

しかし、本書ではその説には与しない。
この説のよりどころとなるのは、ウェーバー家を警戒するレオポルトの態度なのだろうと思うけれど、レオポルトはウェーバー家と利害が対立しているのである。
ウェーバー家はモーツァルトから絞れるものを絞ろうとしている、つまり自分の懐に入るべきものが入らなくなるという怖れを持っている、そしてそのことにより、モーツァルトをウェーバー家から引き離そうとしているということである。

モーツァルトは、繰り返し、「ウェーバー家の人たちは気持ちの良い人たちで、音楽的にも素晴らしい人たちです」とレオポルトに手紙を書いているが、前半はともかく、後半については、音楽に関しては絶対に妥協しないモーツァルトが嘘を書くはずはないと私は思う。だからといって前半の記述も正しいということにはならないけれど、レオポルトが言うように、モーツァルトがだまされているという証拠にはならないだろう。

長姉ヨゼファも、アロイジアも、素晴らしいソプラノとして成功を収めている。おそらくモーツァルトよりも、安定した生活をしていたものと思う。また、何といっても、モーツァルトの最後の世話をしたのは、末妹のゾフィーである。
ウェーバー家が、家ぐるみモーツァルトを金づるとして取り込んだというのは、やはり無理があるように思う。


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