「無私の日本人」

2016-08-22_101814-crop.jpg 映画「殿、利息でござる」のテレビCMを見て、面白そうだなと思った。そして、原作というかタネ本が、磯田道史「無私の日本人」であると知って、「武士の家計簿」同様、これは期待できる作品だろうと思った。

映画はいずれテレビでも放送されるだろうけれど、何より、磯田先生の本なら面白いだろう、そう思って、すぐに電子書籍を購入した。

語り口、まさにそういう表現がピッタリである。カタイ歴史解説書のような、史料・解釈という体裁をとらない。まるで司馬遼太郎か吉川栄治を読んでいるみたいな感覚である。旅の道中、タブレットで一気に読んでしまった。

なんでも著者を「平成の司馬遼太郎」という人もいるらしい。


「無私の日本人」には3つの話がとりあげられている。穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月である。

598e97e9f7401b5a1cd68fed2266ba26.jpg 映画のもとになったのは、穀田屋十三郎の部分である。
私は映画は見ていないが、テレビCMから受ける印象はコメディ。だから本書を読み始めるときも、してやったりという領民の姿が描かれるのかと思ったが、そうではない。

藩側の役人、代官の橋本権右衛門、出入司(実質的な財政トップ)の萱場杢の2人が重要である。代官橋本は領民の思いを受け止め、領民の企てが成就することを助けるわけだが、出入司の萱場は領民の足下を見てさらに搾り取るわけだが、それでも実務官僚らしく、領民の知恵に興味を持つ懐の深さもあるようだ。

江戸時代の役人の仕事(不作為)ぶり、つまり先例主義、盥回し、そして相手の足下を見るには長けた様子が、縷々書かれていて、読んでいる側にも悔しさが湧いてくる。

中根東里については、本書を読むまで存在も知らなかった(もちろん穀田屋十三郎も知らなかった)。
儒者というより仁者と言うべきか。

rengetu01.jpg そして大田垣蓮月、この名前はどこかで聞いた覚えはあった。
本書によると今の京都大学構内に居住し、焼き物の工房跡が発見されている。今、その場所から西、御所方面へ行くには今でも今出川か荒神口、丸太町の橋を渡るわけだけれど、丸太町の橋を最初に架けたのは蓮月さんだという。しかも橋を架けるために貯めていたお金は飢饉のときにはすべて拠出したこともあるという。

また、江戸無血開城は、西郷と勝の会談の成果とか、天璋院や静寛院宮による両陣営への嘆願などといわれているけれど、本書によれば、西郷を動かしたのは蓮月の西郷への直訴だろうという。

あだ味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国の 人と思へば


以前、珍之助さまのブログへのコメントに、蓮月は「傍目にはどうみても不幸続き。自ら眉を抜き、歯を抜き、自分が美人であることをどれほど呪ったことか」と書いた。これも本書で知ったことである。

aa6dba62c7420895d1615f54e490e9c0.png 美貌で文武に優れ、血筋も高貴、そして無私無欲で慈愛に満ちた人。

中根東里と蓮月には仁慈の人として、通ずるものがあるように思う。
二人とも、傍目には恵まれない境遇を生きたように見えて、本人たちは至高の人生を全うしたようだ。

この記事を書くために蓮月をネットで見ていたら、「無私の歌人」という、本書のタイトルを採ったと思われる展覧会(既に終了)の案内チラシが見つかった。

あちこちに刺激を与えている本だ。
(残念ながら私は電子書籍で読んだので、お貸しすることができない。あしからず。)

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