キリシタン―「宗教で読む戦国時代」(その2)

KB252160.jpg 一昨日、神田千里「宗教で読む戦国時代」をとりあげたけれど、今日は関連して思ったこと。
一昨日は、キリシタン、一神教になると、神の観念が変わるようだと書いたが、そういう神の観念自体が一神教特有のものなんだろう。

本書では、一向一揆は信仰をめぐるものではない、つまり信仰を賭けて戦ったものではない、弾圧者から、棄教を迫られるというような面はなかったと説明されているが、昨日書いたように、私はこの著者の説はやや怪しいと思っている。

絶対的な信仰を持つと人は変わるのである。そしてそれはキリスト教では顕著な姿になるようだ。
一昨日も書いたように、天道思想はキリスト教受容の下地になったと著者は指摘するのだが、仮にそうだとしても、キリシタンになったとたんに、日本の天道思想とは相容れないものになったのではないだろうか。

島原の乱は、キリスト教を棄教すれば許すという点、信仰のかかったものである。

もちろん叛乱者の団結を切り崩すという意図があっただろう。無理やりキリスト教徒にさせられた人たちもいて、それなりの効果もあったらしい。いずれにせよ、信仰が乱の大きな要素である。


一神教というのは、たくさんの神のうち一つを選んで信じるのではない。
神は一つのみ存在し、そしてその神のみをすべての人が信じなければならないということである。
 ∃1xy [ y は x を信じる ]   ([ ワイクルスを信じる ] と読んでください)

※ x と y の順番を入れ替える (∀y∃1x [ y は x を信じる ] ) と弱い命題=寛容な一神教になる

従って、他の神はすべて否定される。

同じ1つの神を信じるとしても――ユダヤ教の神、キリスト教の神、イスラム教の神は同じ神だと聞いているわけだけれど、この3宗教の対立は一体どうしたことか。同じ神を信じるものとしての連帯ではなく、お互いを異端(異教)視する。

対して、日本には八百万の神が居る。アニミズム的信仰の対象となるものは別として、主要な神や、各種の仏教教派があっても、これらは同じ神が違う姿で顕れたもの(本地垂迹)として、丸く収める知恵があるのに。

他宗を否定する教義の場合は、これがあてはまらない。


キリシタンは、弾圧された被害者のような扱いというか、学校の歴史の授業ではそういうイメージで教えられた覚えがある。しかし、既存宗教を否定し、信仰のためなら乱暴狼藉を働く一面があったことが、本書では紹介されている。
キリシタン大名の領国では、多数の寺社が破壊され、僧侶が殺されたという。島原の乱にあっても、多くの寺社が破壊されたそうだ。(昨日稿に書いた仏教教団間の暴力闘争があったことも、キリシタンの暴力行使への抵抗感を下げていただろうと思う。)

こういうキリシタンの乱暴狼藉の話を読むと、「ローマ人の物語」(塩野七生)や「背教者ユリアヌス」(辻邦夫)が重ねあわされてくる。これらを読んでいると、キリスト教というのが、どれほどイヤラシく、卑劣で、粗野なものなのか、「あのガリラヤ人どもめ」と罵りたくなる。現代の我々が賛美してやまない、ミロのビーナスやサモトラケのニケのような美術品が、キリスト教徒によって無残にも木端微塵にされてしまったのだ。

偶像崇拝を禁止するイスラム教(本来、キリスト教もだけど)では、過激派は異教の偶像を破壊する。タリバンやISの美術品破壊行為を批判する資格が、キリスト教徒にあるのだろうか。


eikyuji_map16.jpg それは古代ローマの話じゃないか、その後キリスト教は洗練され、すばらしい芸術も生み出したという意見もあるだろう。しかし、日本ではわずか400年ほど前、すでにプロテスタントも出現している時代に、キリシタンが神社仏閣を、仏像・神像を破壊しまくったわけである。

もっとも、明治の廃仏毀釈の嵐も同様のことをしているわけだ。私が生まれ育った市には、内山永久寺という壮麗な寺院があったらしいが、廃寺となった。

西洋に学ぶということは、キリスト教の不寛容という精神を学ぶということだったのかもしれない。
一神腐乱である。

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