ちょっと出入りがひどいけど―礒山雅 「モーツァルト」(その2)

時事の話題を優先させたので、日があいたけれど、礒山雅「モーツァルト」の感想の2回目。

71mMblyTkfL.jpg 本書では、モーツァルトの晩年の生活ぶりについても、通説(俗説)への批判が書かれている。
これも私のもっていた先入観をくつがえすのに十分なものだった。
私の、そして多くの人がもっている先入観とは、

モーツァルトは貧乏のあげく、体と頭脳を酷使しすぎて、早死してしまい、犬のように葬られた。

というものである。

恥かしながら、私も、モーツァルトは不遇な晩年を過ごしたとなんとなく思っていた。
なにしろ、最後の年は、KV595のピアノ協奏曲ではじまり、レクイエムで終わる。
ゴホゴホと咳き込みながら、寒い部屋で体に鞭を打ってレクイエムの作曲に臨む姿、そういうイメージ。

主要な曲は、快活さからは程遠いものが多いということがあるのかもしれない。
アヴェ・ヴェルム(KV617)は言うに及ばず、(バセット)クラリネット協奏曲(KV622)、魔笛(KV620)。

また、晩年は作品数が少ないという印象もある。
実際には少ないわけではない。30年間で600曲、つまり年間20曲のペースと考えれば通常通りと言って良いのだけれど、数から言えば、舞曲やフリーメーソン用などの小品が多くて、片手間仕事?の印象があり、名作がひしめきあう時期からすればさびしく感じるわけだ。
ところが、それも単なる目録のトリックにすぎない。オペラは2曲も書いている。とんでもなく労力がかかるものを2つも作っているわけだ。

ただ、「魔笛」はジングシュピールで、ブッファと違ってレチタティーヴォがないから、作曲量は少ないのかもしれない。「ティトゥス」は手抜きとも言うけれど(当時は人気だったらしいが)。

そして、本書では、この年、宮廷楽長として舞曲などの作曲を仕事としてこなしており、教会にも無給とはいえ居場所を得て、次の仕事に向けて準備を怠っていない姿が描かれる。

最晩年も、充実した仕事ぶりではないだろうか。

■モーツァルトの年収
年代収入(グルデン)
17811084~1284
17822174~3074
17831892~2408
17843720
17852950
17862604~3704
17873321
17881385~2060
17891483~2158
17901850~3255
17913672~5672
(メイナード・ソロモンによる推定)
もちろんモーツァルトは健康優良児ではない。無理がきく体ではなかったと思う。
しかし、長の患いで病の床についていたというわけではない、朝早くから仕事(作曲)をし、昼間はレッスンや付き合いで忙しくしていたのだ。

著者は、今までのモーツァルト研究の成果を引用して、モーツァルト窮乏説を否定している。
600フローリン(グルデン)あれば普通の生活ができたという。
収入はちゃんとあるわけだ、それも普通の音楽家以上に。
浪費、それはあっただろう。しかし、赤貧生活をしていたわけではない。
借金の申し込みの手紙がいくつも残っているけれど、食うに困っての借金ではないようだ。

死後に莫大な借金があったという噂もあるが、1桁ぐらい過大に宣伝されていたらしい。


この単純な事実からして、憐れむべき晩年を過ごしたモーツァルトというイメージは間違いだといえそうだ。
ちょっと出入りがひどい生活をしていたけれど、それができるということは、窮乏生活を強いられていたということではなさそうである。

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