「万葉集―隠された歴史のメッセージ」(続き)

時事の話題を優先したり、休刊日があったりしたので、続けて書くつもりだったのが、随分遅くなった。
"万葉集一番歌「籠もよ み籠持ち」の作者は雄略天皇ではない"の続き。

時代代表歌人
巻一原撰部
(巻一の前半)
持統・文武額田王
巻一、巻二元明柿本人麻呂
巻三~巻十六聖武山上憶良
巻十七~巻二十光仁大伴家持
小川靖彦「万葉集―隠された歴史のメッセージ」について、前の記事で「私には新鮮」と書いたけれど、この本の内容について少し具体的に補足する。
万葉集は全20巻であるが、一度に成立したものではないという。このことは、著者が初めて言ったわけではなく、平安期から既に定説となっていたものである。
本書の著者は、その理由・経緯を次のように説明する。

《目次》
 
第一章『万葉集』という「書物」
──「やまと歌」による〈歴史〉の創造
「書物」としての『万葉集』
皇統の《始祖》──一番歌・雄略御製
満ち足りた実りの国──二番歌・舒明御製
歴史上の舒明天皇
天皇による統治の完成への歩み
藤原宮の主・文武天皇
巻子本であった『万葉集』
成長する「書物」・『万葉集』
 
第二章万葉歌人たちの詩の技法
額田王の〈媚態(コケットリー)〉
柿本人麻呂の想像力
山上憶良の悟り得ぬ心
大伴家持の孤独
作者未詳歌の輝き
 
第三章漢字に託す心
──漢字で書かれた「やまと歌」
巻一の書記法──記憶に支えられた大胆な表記
『万葉集』の《文字法》
漢字から「かな」へ
 
第四章万葉集古写本の世界
 
まず、巻一の53番歌あたりまでが最初に編まれた(原撰部)。これは持統天皇の正統性を主張することが目的であるという。そもそも万葉集の編纂は持統天皇の意志による。
ついで、巻一の残り、持統後継である。
そして巻二は、藤原氏の特権性を印象付ける目的だとする。
ここまでは、政治的である。
そして、巻三からは大きく編集方針が変わる。
巻十七~巻二十は、大伴家の私家集の性格があるという。
つまり、それぞれ編纂目的があって、順に増補されてきたものである。

異なる目的であったにもかかわらず「万葉集」として増補されてきたのは、既に権威として確立していたからだろう。とりわけ巻二が藤原氏を持ち上げるものとするなら、権威を利用する姿勢というのは、いかにも藤原氏らしい。

そこで不思議に思うのが、大伴家の私家集という説である。
大伴氏は、周知のとおり、古くからの武門の家系だけれど、奈良時代末には没落する。藤原氏との権力争いに敗れたわけだ。
大伴家持は、歌人である前に、政治家であったのではないか。
その私家集がなぜ万葉集に、紛れるどころか堂々と入っているのだろう。
そんなに読み込んでいるわけではないけれど、家持の歌に直接的に藤原氏を悪く言うようなものはないのではないか。

あらためて、茂吉「万葉秀歌」でも、そういう眼で読み直してみようか。

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