今日から東下りです

今日から2泊3日で東下り。
ということで、この間の記事は、「なう」でやるつもり。

まずは、京都からの新幹線。
今日は知人宅宿泊なので、東京まで行かず、新横浜で下車。

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今日は各地で大雪。新幹線も遅れがでている。 京都を10分遅れで発車、多分、関ヶ原通過で遅れが増し、到着は30~40分遅れるだろう。



11:15、名古屋駅手前で停車。先行列車がホームを占拠中。
この後、車体の下部に付いた雪を、人力で取り除くんだそうだ。
走行中に付着した雪が落下すると危険なので。



名古屋から先は天気も良く、新幹線も遅れを取り戻そうと走る。
結局、新横浜へは36分遅れで到着。

浄瑠璃寺・岩船寺【おまけ】

P_20161120_094746_vHDR_Auto.jpg 浄瑠璃寺・岩船寺の記事を3回(リアルタイムを入れると4回)アップしたけれど、写真をあらためて見ていて、これも紹介しておこうというものがあったのでオマケ。

まずは、浄瑠璃寺の参道。
岩船寺の参道もだけれど、ここの参道も狭い。
地元の一休寺の参道も細いと思っていたが、ここはさらに細い。京都市内にある大寺の参道とは大違いである。逆に、参道両側の木々が色づいて風情もある。

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たくさん撮った写真を見ていて、本堂の前、池の畔に灯篭があるが、池を挟んだ反対側にも灯篭がある。
こういうのは他の寺では記憶がない。Wikipediaによると「古代寺院においては、伽藍の中軸線上に1基置かれるの通例」とあるが、平等院などはその典型だろう。

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次は、前の記事でも少し触れた「無人店舗」の写真。
以前来たときは、あちこちに小さな無人店舗があったけれど、今回はそうでもなかった。この写真は「石仏の道」の途中にあったもので、昔の記憶のものより大きい構えになっている。

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岩船寺の写真も追加。
岩船寺の三重塔は、山の懐に立つ。その山の一方には鐘楼があり、その反対側は「貝吹岩」と呼ばれている(今回は登ってない)。

昔、本堂で住職の話を聴いたとき、住職が法螺貝を取り出して、貝吹岩のことにも触れたように思う。

この貝を吹くのはなかなか難しいですぞというので、ちょっと吹かせてもらったが、金管楽器の要領だから(私は金管楽器はやったことはないけれど)、別になんということもなく音は出た。

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ごく狭い山の懐に抱かれた三重塔は山側からすぐに見下ろすことができる。
その写真。

最後は岩船寺の鐘楼。
自由に、ただし節度をもって、叩くことができる。
音も聞いてもらおうと思う。(Gansenji_no_kane.mp3)
音量が小さいのはご容赦。
その場では、軽く1分ぐらいは余韻が聴こえる。



岩船寺

日曜の午前から午後早くまで、せいぜい5時間半程度のお出かけなのに3つめの記事。

前回、前々回に書いたように、浄瑠璃寺に行けば、岩船寺にも行くのが定番でもある。
(とはいうものの、堀辰雄も和辻哲郎も岩船寺のことは書いてなかったように思う。)

だけれど、今回、はじめは浄瑠璃寺だけにするつもりだったのは、岩船寺というお寺で見たいというものが思い当たらなかったからである。山の中のなんとなく荒れた感じのお寺、浄瑠璃寺が傍にあって、ハイキング・コースだから参拝者がいる、そういう印象を持っていた。

ところが、行ってみると、岩船寺は随分、整備されていた。
それが古刹としての風情をなくしているというわけではない。整備されたというのは、きちんとしたということで、本尊の説明など、このお寺のストーリーがわかりやすく示されるようになったということである。

このお寺の開基は行基上人、聖武天皇の時代に遡る。なまはんかな古刹ではない。
本尊は阿弥陀如来。天慶9年(946年)の制作である。
阿弥陀さまの廻りを四天王(鎌倉時代制作)が守る、揃い過ぎている感じ。
また、阿弥陀の後ろには、曼荼羅が掲げられていた。 やはり本堂内は撮影禁止なので、画像はネットで拾っていただきたい。

この日、三重塔の中が覗けるように扉が開かれていた。
鮮やかな色は、平成12~15年の修復の結果である。
塔を隔てる垣は、ボタンだろうか、綺麗に咲いている。
岩船寺も「花のお寺」の一つになっている。一番はボタンではなくてアジサイ。

一通り見終わって、浄瑠璃寺に車を置いたままなので、また戻らなければならない。
バスも出ているのだけれど、待ち時間がかなりあったので、歩いて浄瑠璃寺に戻る。ただ、戻りは石仏の道ではなくて、バスも通る平坦コースを選んだ。濡れた石段は下りのほうが気を使う。

昔来たときは、ハイキングコース沿いに、椎茸などの無人販売がたくさんあったのだけれど、まだそういうものもあるのかもしれないが、それよりも普通に野菜や漬物を販売している店や露店がある。平坦コースだと、車でそういう露店に乗り付けて買っていく人も眼にした。
そういう店で、日の菜漬(小さいのが5本ぐらい)が100円、柚子が6,7個でやはり100円というのを買った。
日の菜は酢漬けで、少々苦味が強かったが、スーパーなどで売ってる妙に甘いものではなくて、悪くなかった。

浄瑠璃寺へ戻ったのが13時前、お腹もすいたので、事前に調べていた寺のそばの蕎麦屋にしようと思った。
行くと、店の前に2×2人が並んでいる。待つことにしたら、しばらくして前の1組があきらめて店をはなれたので、ラッキーと思ってさらに待っていた。

10分ぐらいして、店の人が、あと二人前しかできませんと言ってきた、おしまい。
次に来るとき(馬酔木の頃?)の目標が出来た。


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岩船寺本堂

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三重塔を臨む

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三重塔(扉が開いている)、塔を隔てる垣のボタン

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塔の内部

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浄瑠璃寺への戻り道(平坦コース)              
            浄瑠璃寺近くの食べ損ねた蕎麦屋




浄瑠璃寺~岩船寺

浄瑠璃寺で1時間20分ほど、紅葉や仏様を堪能したあと、石仏の道を歩いて岩船寺へ。

実は、当初は予定しておらず、浄瑠璃寺だけ見てさっさと帰るつもりだったのだけれど、あまりに久しぶりということもあって、途中であきらめても良いかと思いながら、石仏の道に踏み入った次第。

このコースはハイキングの定番となっているが、私が中学ぐらいのときに行った時も、やはりこのコースを歩いている。
その頃は土道だったけれど、今はほとんどが舗装されている。

この日は前日の雨の残りで、路面が濡れて滑りやすくなっていたが、もし土道だったら、それどころではなかっただろう。
(途中のきつい上りは石の段がもうけられていて、ちょっと滑りそうだった)

浄瑠璃寺から少し東へ歩くと、石仏の道方向と、比較的平坦な岩船寺まで車で行く道の案内がある。
その隣には、石造の遺物「あたご灯篭」がある。

本当なら石仏の案内図を参照しながら、沿道の石仏を見て回ればよいのだけれど、前述のとおり雨で濡れているので、深入りはしないようにした。(昔来たときは友人が案内・解説してくれた。)

岩船寺から浄瑠璃寺へ向かう人もぼつぼついて、会う人毎に挨拶を交わしながら歩く。

子供づれもちらほら。子供にはかなりきついと思う。
子連れの人たちは、お先にどうぞと道を譲ってくれる。

歩いていると、紙で作ったと思われる赤い鎧を着た男、しばらくすると大きな三日月をつけた兜姿の男が向こうからやってくる。もちろん前者は真田信繁(幸村)、後者は伊達正宗だろう。
さらにいくと、桃太郎の恰好をしている女子。
幸村や政宗にも会ったけれど、これは一体どういう趣向? と尋ねたら、同志社の学生だそうで、ウォークラリーを企画しているとのことだった。

かなりきつい坂もある。
多分、昔来たときにはなかった手すりが整備されていた。
前述のとおり、雨で濡れていたから滑りそうなので慎重に上る。

浄瑠璃寺から岩船寺まで1.5kmぐらいだけれど、けわしい上りもある、30分程度の道程である。
意外にあっけなく歩き通した。

岩船寺を観るだけなら、車で行けばよかったのかもしれないが、歩けばそれなりのこともある。
(このブログの記事が、2回分になるか、3回分になるかということ)

ということで、明日は岩船寺をとりあげる。

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「石仏の道経由岩船寺」と「岩船寺」の標識

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舗装されている「石仏の道」。沿道の石仏の一つ(右)。

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ウォークラリーの同志社の女子学生。     
   (顔を匿そうとしたら変になった、申し訳ない)
きつい上りは石段になっている。        
まだ小さな子供も登っている。

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岩船寺に到着。


浄瑠璃寺の紅葉

日曜日、急に思い立って浄瑠璃寺に行くことにした。
すでに、現地からリアルタイムで「浄瑠璃寺ナウ」で、紅葉の映える写真1枚をアップしている。

写真はスマホで250枚余も撮っている。ただ、フィルム・カメラの時にはフィルムがもったいなくてやらなかった、1シーンで複数回シャッターを切っているから、シーンとしてはその半分以下である。それでも、かなりの量を撮っているわけだ。昔のフィルムカメラだったら、フィルム1本で30枚ぐらいしか撮れなかったのだから。

浄瑠璃寺には今までに2度、中学・高校の頃に、行ったことがあると思う。
中学・高校の同級生がJR加茂駅の近くに住んでいて、浄瑠璃寺は彼の地元自慢の古刹なのである。
九体仏と吉祥天女、これがこの寺を特別なものにしているのだが、それはその彼の特別な思い入れでもある。

浄瑠璃寺は名前でも得をしているかもしれない。
なんとも奥ゆかしげなこの名前は、一度聴いたら忘れられない。堀辰雄の随筆の一節に「浄瑠璃寺の春」があり、和辻哲郎「古寺巡礼」でも、浄瑠璃寺の名前が出ると記憶に残る。

この二人の文筆家は奈良から浄瑠璃寺まで歩いたようだが、私がはじめて訪れたときは、件の友人の家、つまりJR加茂駅から歩いた。季節は、はっきりしないが、多分初夏だったと思う。

今回、50年近くの間をおいて訪れるわけだが、自宅から車で約45分。京奈和道を使えばもっと早いだろうが、急ぐ旅でもないので地道を走る。
車で訪れるときの心配事はやはり駐車場。ネットで30台ぐらいの駐車場が参道入り口すぐのところにあることを確認していたが、現地へ行くと、その駐車場以外にもたくさんの駐車場がある。私が到着したのは9:45頃だけれど、その30台の駐車場に、未だ10台程度しか停まっていなかった。帰りには満車だった。

お寺は、本堂には拝観料300円がいるが、フリーで散策できる。
私が着いた頃は、まだ境内に人も少なかったけれど、途中、車で追い越した団体さんが2,3組あって、その人達もしばらくしてやってきた。

大きなカメラ、三脚を持ってきている人も多い。紅葉が目当てであろう。
私はスマートフォンのカメラだけだけど、芸術写真も報道写真にも縁がない。個人的記録である(ブログに使ってるけど)

浄瑠璃寺の本尊は、九体の阿弥陀仏である。だからこの寺の別名は九体寺という。
装飾性は高くない仏様である。たって見回していては本当のお姿を感じることは難しい。前に座って手を合わせると、仏を慈悲を実感できる。
なお、今は九体御揃いだけれど、来年4月から修復のため、毎年2体ぐらいずつ外へ出ることになるそうだ。だから5年ぐらいは、九体が揃った姿は見られなくなる。

そして、九体の仏の主の仏の脇には、吉祥天女。
年3回、特別開扉が行われるが、この日も開扉されていて、お姿を拝むことができた。
前に見たときには、いくら保存状態が良いといっても、時を経て、やはり少しすすけた感じがして、それほどのものかとも思ったけれど、大人になってからあらためて見ると、そういう表面のすすけなどは気にならなくなって、衣のはじまできちんと伸びたお姿に感じ入る。

本堂内は撮影禁止なので、九体仏も吉祥天女も写真は撮っていない。
どちらも有名なものだから、ネットで写真を拾うのはたやすいと思う。そちらをご覧いただきたい。

浄瑠璃寺は京都府にあるが、奈良の観光案内にも載る。
だけれど、浄瑠璃寺の南に奈良市のゴミ処理場が計画されているということで、お寺に計画の撤回を求める署名簿が置かれていた。

「関西花の寺二十五ヶ所」というお寺を案内する取り組みがあるらしく、浄瑠璃寺もその一つになっている。
右に、花の写真もアップしてみた。池のほとり、ちょっとわざとらしいような気もするけれど、やはり目を惹く。さすがに幾何学的な庭園を作るというわけにはゆかないだろう。

このお寺の花といえば、一番有名なのは、堀辰雄のエッセイの影響もあるのだろうか、馬酔木である。
3月には馬酔木が満開になるだろう。
またその頃に来てみたい。


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本堂を臨む。池は梵字の阿字を象るという。

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三重塔。毎月8の日には塔内を観られるらしい。

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左は本堂の裏。右は「浄瑠璃寺ナウ」に掲載のもの。

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庭の片隅にある石仏(左)。池の周りの花(右)。

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池のまわりの黄葉とススキ。

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本堂の前。時ならぬ背広姿の団体客に説明をする僧。

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境内には猫が多い。本堂脇の寺務所で。

P_20161120_103605_vHDR_Auto.jpg 境内の隅。ここで一服。




浄瑠璃寺ナウ

今日は浄瑠璃寺。



詳報はあらためて。

今日は神戸

今日は神戸。

家から神戸三宮までは一本の電車もあるのだが、T西線E老江で、H神線(N田)に乗換。(こっちの方がだいぶ安い)



H神A崎で快速に乗換。
ホームに停車中の列車の中を通って移動。



<中略>

ランチは神戸っぱいところで。



スープ(orサラダ)、パスタ(2種)、ケーキ、コーヒー(or紅茶)のセットで、¥1600(or \1400、パスタによる)。
悪くない。



今日は京都

今日は京都。



祝日でランチの予約もなかなかとれなかったらしい。
かろうじて、京都駅近くの日本食レストラン。



値段からすれば、当然の味でした。

野良仕事

今日は朝から野良仕事。
知人の家の畑で、芋掘り、枝豆の収穫のお手伝い。というか足手まとい。



芋堀りなんて幼稚園以来。

知人のおとうさんの菊。



品評会で賞ももらってるそうだ。


仕事の後のお昼ご飯。

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近くの神社。
(360°パノラマ写真)

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賽銭をはずむと、大きなご利益があるそうだ。
(氏子の知人の負担が下がる)

今日はW県

今日はW県で仕事。


10:29K橋発のK州路快速。
乗客が増えるのはO阪から。



今回もI砂川からバス。
乗客は私一人だけ。

バスは結構とばす。東京じゃないのだけど。遅い車は抜いていく。
反対車線ではネズミ取りをしているようだった。



結局、降りるまで乗客は私だけ。おそらく空で終点のⅠ出駅まで行くのだろう。
II出市が運行補助をしているらしいが、補助が打ち切られたら、運行停止になるに違いない。



はじめて来たとき、JR駅に続く旧市街はさびれている風情を感じたが、新しい地域はそれなりの賑わいもある。



昼食の店。
チェーン店だと思う。このあたりはチェーン店ばかりである。


「にぎり膳」1393円。
KFCやマクドナルドのランチにして安くあげるつもりだったが。
悪くない。


そしてお仕事へ。


四条通は市役所の勝ちかな

P_20161009_103759_vHDR_Auto.jpg 前に、四条通の歩道拡張=車線減少について書いたけれど、先日、実際に四条通を歩いて、これはひょっとしたら市役所の英断ではないかと思った。

昨日の記事にした「星野道夫展」へ行くにあたって、四条通を烏丸から河原町まで歩いた。
時刻は10時半頃。

渋滞してないじゃないか!

この日は雨も心配される空模様、時間的にも観光客が徘徊するには少し早いのかもしれない。
おまけに歩行者だって少ない。

もっともこの写真はD丸から少し東のあたりで、観光客が多い河原町まではまだ少しある。実際、河原町は雑踏というほどではないが、歩行者は多かった。

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それにしても、こんなにゆとりある空間が四条通にできるとは。
いつもの排ガスの不快なにおいも感じない。
この写真では、とても朝10時半の四条通とは思えないだろう。

想像だが、車線減少で渋滞必至ということで、タクシーはもとより、自家用車も四条通への乗り入れを控えるようになったのではないだろうか。
河原町通は車が多い。これらの車は四条通に入らないで済ますんだろうか、前は四条河原町交差点で四条へ入る左折車が列をなしていたが。

帰りは四条河原町から京都駅までバスに乗った。昔、学生の時に良く使ったバスルート。七条通りには入らず、渡って塩小路に入る。かつての市電のルート(私もよく利用した)で、昔からスピードが出るルートである。車窓から、北行きは軽く渋滞しているのが見えた。


ところで、閑散とした四条通を歩くと、混雑しているものがある。
ポケモンである。ポケモンは次々現れるし、ポケストップもいくらでもある。
ポケモン過疎地に住むものとしては、ポケモンを捕まえ、モンスターボールを蓄えるのに絶好の場所である(通行人も少ないし)。

写真のスクリーンショット。スマホを新調した(それについては別記事を検討中)ので、ようやくAR(拡張現実)が使えるようになった。


夏休みのまとめ

kotohira_hongu.gif 昨日までの3日間の夏休み・旅が終了。

旅の間はスマートフォンからブログ記事をアップしていたけれど、都合によりアップしなかった写真をオマケ。

右の1枚は、金毘羅さんの本宮脇で撮ったもの。
一緒に上った知人による撮影。
顔出ししないように加工するため、リアルタイム投稿には入れなかった。

このときは本当に疲れていて、写真を撮る気がまったく起きなかった。
去年来たときは宿のチェックアウト時刻が気になって、馬のところでUターンしたわけだが、そのときは特に体に「異状」は感じなかった。それで、今回は本宮まで上ってもたいしたことはないだろうとタカをくくっていたわけだが、ペースが速かったのか、それとも単にこの1年で自分の体力が減退したのか、実にきびしかった。

汗だくで、シャツもビショビショ、汗が目に入って痛い。
御利益はいい、何か飲み物を今すぐくれ! という感じ。

飲み物はあるよ。平地で140円ぐらいのお茶が200円で。

帰り、つまり降りるときは、足がわらっていたので、上りより時間をかけて慎重に降りた。

そして今日、金毘羅さんから2日後、今、こうして原稿を書いているときも、まだ脚がいたい。
とくに、ふくらはぎが痛む、そして少し熱っぽい。
年寄りは翌日より、翌々日に痛みがでるという。そしてその翌日も残るという。
オリンピックで連日走り回っている選手たち、えらいなぁ。

(比べるほうが間違いの声が聞こえるけど。)


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金毘羅さんから宿へ戻って、すぐにお風呂。
これが近所に宿をとる最大のメリット。なんといっても温泉宿だし。
汗だくになったシャツをそのままハンガーにかけて乾かした。宿には着替えを持ってきていなかったもので。

夜はコース料理。温泉旅館としては、まぁ普通。
鮎の塩焼きがついているコースを選んだのだけれど、できれば焼き立てのあつあつを出してもらいたい。

右の写真は、その夜の食事のときに注文した地ビール。
「空海」のほうはいかにも地ビールという感じで、発酵しきっていない麦の雰囲気が残るもの。
もうひとつの「さぬきケルシュ」は、それよりは洗練されて、つまり、普通のメジャーブランドのビールに近い。

ただ、この2本の後は飲みなれたプレミアム・モルツにしたけれど。
料理の写真はパス、というか撮り忘れ。写真を撮ると、ブログにでも載せるつもりかと言われるので。


ひたすら疲れる夏休み。
最後は、立ちっぱなしの新幹線で終了した次第。

夏休み(3)

昨日は金比羅さん、今回は本宮まで上った。



去年来たときは、馬のところまでで、宿のチェックアウト時刻の関係で折り返したが、今回は宿泊日なので時間的には余裕があった。
余裕がなかったのは体の方。

去年は途中までとはいえ、特に体がきついということはなかったのだけど、今年は馬のところまででへとヘと。
それでも今年は本宮までと力をふりしぼって。

写真を撮る余裕もなく、上の写真はネットで拾ったもの。


宿はちょっと贅沢して、和室2、洋室(ダイニング)の広い部屋。







洋風のホテルならスイートという範疇に入るのかもしれない。
コーヒー・紅茶はラウンジで飲み放題。プライベ-ト浴場(露天)も使える。

夏休み(2)

四国の2日目は墓参り。

目指す墓を守るお寺には戦没者墓地もある。


「殉国烈士 共同墓地」

奥に見えるのは、日露戦役戦没者霊。


こんなものも。



四国香川といえば。



この店ではこれも好評。



夏休み(1)

今日から3日、夏休み。

家人の付きあいで久しぶりの四国。今日あたりUターンラッシュのピークらしいが、逆コースなので新幹線も在来線の特急も空席が多い。



予定外だったのは、お昼を食べるつもりだった岡山駅ホームのうどん屋が営業終了になってたこと。



車内販売の弁当でしのいだけど。



途中駅で特急が7分ぐらい停車。車内放送がホームに灰皿があると言うので、これは利用しないわけにはゆかない。
親切な車掌さん、ありがとう。

ゆったりした休み―その4 薪神社

P_20160430_105710.jpg 一休寺から200mほど坂(一休坂という)を上がったところに薪神社がある。

薪はこのあたりの地名だが、京田辺市には薪ではじまる地名は50もある。
その中には「薪狼谷」とか「薪狐谷」、「薪泥々」という地名もあって、以前、狼谷の住民が、地名変更を求めていると聞いたことがあった(今でもこの地名があるということは、地名変更は認められていないのだろう)。
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さて、薪神社だが、なんともこぢんまりしたところなのだけれど、ここで異彩を放っているのが、「能楽発祥の地」という石碑。
こんなところが発祥の地?

ネットで調べると、能楽発祥の地というのは、奈良県もそういっている。より狭くは、田原本町や川西町あたりが、古くからの猿楽の座があったところで、そうしたところから能楽発祥の地ということのようだ。
奈良県には他にも、流派ごとの発祥の地があって、田原本町は金春流、川西町は観世流、桜井市は宝生流、斑鳩町は金剛流のそれぞれの発祥の地という。
前に紹介した「月読神社」も宝生流発祥の地となっているが)
奈良県は各派の発祥の地というわけだし、奈良市には能楽堂も整備され、行政が能の振興に力をいれている。薪能もやはり有名なのは奈良の興福寺のもの。
発祥の地だというだけでは、「それがどうした」となってしまう。
なお、京都の新熊野も能楽発祥の地と言っているが、京都は何でも、ええとこ取りできる土地柄だし、それでみんなが納得してしまう。

P_20160430_105723.jpg さて薪神社だけど、金春禅竹が、一休さんに能を見せた場所だとかで、あろうことか薪能というのは、この薪という地名から来ているという説もあるという。
(私は薪能は、奈良のものを一度見たのが最初で最後。)

そういえば、かぐや姫の伝承地としても、京田辺市と、奈良の広陵町とか、他にもいくつかの市町が争っている。

他にも、継体天皇の筒城宮が同志社大学のキャンパスの中にあったり、京田辺市には由緒のあるところが多い。
(訪れる人は少ないけれど。)


薪赤池 たきぎあかいけ
薪赤坂 たきぎあかさか
薪薊 たきぎあざみ
薪石ノ前 たきぎいしのまえ
薪井手 たきぎいで
薪狼谷 たきぎおおかみだに
薪大欠 たきぎおおがき
薪大崩 たきぎおおくずれ
薪大塚 たきぎおおつか
薪小欠 たきぎおがき
薪斧窪 たきぎおのくぼ
薪貝元 たきぎかいもと
薪加賀ノ辻 たきぎかがのつじ
薪甘南備山 たきぎかんなびやま
薪岸ノ下 たきぎきしのした
薪北町田 たきぎきたまちだ
薪狐谷 たきぎきつねだに
薪桑ノ木 たきぎくわのき
薪小山 たきぎこやま
薪里ノ内 たきぎさとのうち
薪四反田 たきぎしたんだ
薪城ケ前 たきぎしろがまえ
薪城ノ内 たきぎしろのうち
薪狭道 たきぎせばみち
薪高木 たきぎたかぎ
薪巽 たきぎたつみ
薪溜池 たきぎためいけ
薪大仏谷 たきぎだいぶつだに
薪茶屋前 たきぎちゃやまえ
薪天神堂 たきぎてんじんどう
薪外島 たきぎとじま
薪堂ノ後 たきぎどうのあと
薪泥々 たきぎどろどろ
薪中垣外 たきぎなかがいと
薪長尾谷 たきぎながおだに
薪名松 たきぎなまつ
薪西窪 たきぎにしくぼ
薪西沢 たきぎにしさわ
薪西浜 たきぎにしはま
薪西山 たきぎにしやま
薪畠 たきぎはた
薪東沢 たきぎひがしさわ
薪東浜 たきぎひがしはま
薪東向 たきぎひがしむかい
薪平田谷 たきぎひらただに
薪堀切谷 たきぎほりきりだに
薪舞ケ辻 たきぎまいがつじ
薪水取 たきぎみずとり
薪百々坂 たきぎももさか
薪山垣外 たきぎやまがいと

P_20160430_105821.jpg P_20160430_105850.jpg

P_20160430_105927-crop-crop.jpg 由緒だけの廃墟ではなくて、ちゃんと地元に重点をおいた営業活動もしっかりされている。








ゆっくりした休み―その3 一休寺

P_20160430_104739.jpg 憲法記念日で一休みしたが、「ゆっくりした休み」の第3回、次の散策先は一休寺。
棚倉孫神社から歩いて10分程度。

しばらく行かないうちに、周りには住宅が建ち並ぶようになっているのはちょっと驚いた。
特に、新しい道ができてから、一休寺の案内板も目立つようになったし、車での移動が今までより便利になっているから、住宅開発も進んだようだ。

ここは何度も訪れている。何といってもK市では一番知られた名所である。
P_20160430_104946.jpg 今回は、歩くことが目的だったし、何度か入っているので、お寺には入らず、参道を少しだけ散策。

一休寺が一番にぎわうのはやはり紅葉の季節。
ライトアップしてテレビ(たしか「報道ステーション」)で生中継されたこともある。

紅葉(ここはカエデ)が美しいということは、実は新緑の季節も良いということ。みずみずしい青葉が心地よい。


P_20160430_105056.jpg ということで、参道の新緑を愛でて短時間の訪問。
長くない参道の脇の苔も美しい。
そして未だちらほらとしか咲いていないツツジ。
もう少ししたら、満開になるだろう。


訪れる人はあまり多くない。それでも、タクシーでここまでくる人も見かけた。
ゴールデンウィークでも、こういう静かな場所もある。


ゆっくりした休み―その2 天井川

P_20160430_103254.jpg 棚倉孫神社は小高い丘の間にある。
その丘の上を小川が、道路をまたいで流れている。

小学校の社会科の授業で、天井川という言葉と、山城南部に多いということを教えてもらった覚えがある。
もっと大きな川では、大きな堤に沿った低地に、田畑や住宅があるところも多く、大雨などで堤防が決壊すれば大変なことになるわけだが、こんな小川でも天井川になるんだろうか?

古代ローマの水道かと思うような風景だけれど、おそらくもともと川が流れていて、丘のように見えるのはその堤で、これを切り開いて道路を通すときに、川を切るわけにもいかないので、コンクリートで水路を作ったのではないだろうか。

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その川を下から見たところ。










ゆっくりした休み―その1 棚倉孫神社

P_20160430_101851.jpg 今年のゴールデンウィークは、三連休、出勤、三連休、出勤、二連休というめぐりあわせ。私はカレンダー通り。
連休の予定は、というと、ゆっくり家で休むというしっかりした計画がある。
1日目は自治会の仕事もあったが、昨日の土曜日は、地元の散策を少しばかり。

良く前を車で通りすぎる棚倉孫(たなくらひこ)神社。
はじめて訪れてみた。

入口は小丘を登ったところ。
境内は狭い。
はじめに目に入るのは、「式内 棚倉孫神社」の石碑。式内社というからには当然、延喜年間には存在していたわけで、由緒ある神社ということが示されている。
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瑞饋神輿というのが、大人用隔年、子供用毎年作られると説明書きにあったが、これがそれ。
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P_20160430_102640.jpg 絵馬殿には、奉納された絵などが掲げられていた。古いものは寛政年間。
ときどき修復されているようだ。レプリカが作られてそれが掲げられているものもある。
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石の摩滅状況から、それなりの年を経たと思われる狛犬。



三室戸寺

IMG_20160403_132113.jpg 岡崎、宇治の桜を見た翌日(4月3日)は、三室戸寺をまわった。

ここは、ツツジ、アジサイの名所であるから、多くの人が訪れるのはもう少し先のことになる。
ただ、寺のホームページでは、山桜も咲いているとあったので、行ってみることにした。

昨日も書いたように、桜の名所は、食べ物臭と喧噪でいっぱいになりがちだが、ここは名所ではないおかげで、そうしたものとは無縁である。

P_20160403_142302.jpg 右の写真は参道から、ツツジの庭園の方を見下ろしたところ。
こんもりしているのがツツジ、手前に低くぼうぼうとしているのがアジサイだろう。

この日は入園は禁止になっていた。それぞれの季節に入れてくれるのだろう。

見た通り、ツツジ園の中に、しっかりと桜も咲いている。
できれば傍へ寄ってみたかった。

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石段(一番上の写真に写っている)を登って、本堂などがある場所へ出る。

パノラマ写真をとってみた。
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IMG_20160403_133307.jpg 右写真は、伽藍の奥の三重塔。
ここも桜が見ごろである。
桜を目当てに来る人が多いわけではないから、じっくりと見られる。


伽藍のあるところから見下ろすと、石庭と池泉が魅力的である。
石段下(上りは石段を使ったが、下りはスロープを使った)に降りて、庭を歩く。

まずは池泉。
鯉がたくさんいる。噴水もあった。
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石庭には足を踏み入れることはできない。
ここもパノラマ写真で。
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2016-04-04_095648.jpg 実は三室戸寺ははじめて訪れた。
山寺という区分になるのだろうけど、こぢんまりとしていて荒れたところはない、というか、隅々まで手入れが行き届いている。

ここまで写真を見ていただいたけれど、この寺を、それもツツジ、アジサイの季節を外して訪れる値打ちは、その静かさ、山と林の空気にあると思う。
とりわけ、この静かさは、いろんな種類の鳥の鳴き声で印象付けられる。

その鳥の声を収録した動画(右写真のクリックでも再生)。


ところで三室戸寺の入山料は500円だったけれど、ツツジ、アジサイの季節も同額なんだろうか?

季節で料金差を設けたら、喜捨ではなくて営業とみなされて課税されるんじゃないだろうか。とすれば多分同額なんだろう。ツツジ、アジサイの維持費は年間の入山料も充てられているとしたら、季節外れの入山料こそ喜捨かもしれない。


「春画展」に行った4月2日が、京都の桜の満開だったらしい。
もっとも、聞くところによると、気象庁などが満開というのは、8割ぐらいの花が開いた状態で言うらしい。
早くに開いた花が散ることも考えれば、全部が開花した頃には、それらは散っているだろうから、花の総量としては8割開花の時が一番多いのかもしれない。

「春画展」会場の細見美術館は岡崎にある。付近の桜の様子。
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この日、午後は宇治の方に所用があって廻った。そこで見た公園の枝垂桜。
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そこから少し下ったところに、前に特集(?)した黄檗山萬福寺がある。そこも桜が咲いている。

今回は外から見ただけで入山はしていない。もっとも前回は煤払いで無料の日だったけど。

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どこも特に桜の名所というわけではない。名所といわれるようなところは、出店から漂ういろんな食べ物の臭い、人々の喧噪や土ぼこりがつきものである。
のどけからましくない。

テレビの報道番組で、花見目当ての外国人観光客が急増しているとあった。番組では京都で和服を着て花を愛でる姿が映されていた。
彼・彼女らは、純粋に日本の桜を楽しんでいるように見えた、日本人が、花見より花見酒というのとは違って。

バスでW県

IMG_20160224_114933.jpg 昨日は例によってW県I市で仕事。

前に行ったのは12月下旬、そのときあらためて交通機関を調べると、H和線IS駅から、目的地のI市まで路線バスが出ていることに気付いた。ただ、そのときは、遅れると少々問題がありそうな会議が控えていたので、安定した鉄道(しかも特急!)を使ったのだけれど、今回は多少時間が前後しても問題はなさそうだったので、思い切ってバスを使ってみることにした。

バスはH和線IS駅を11:53に出る。
鉄道の乗り継ぎの場合、W駅での乗り継ぎがお昼になることが多いので、途中下車して昼食をとることにしているのだが、この場合に利用するH和線K州路快速が、バスの接続のあるIS駅に着くのが11:44なので、同じ快速に乗るわけで、当然、家を出る時刻も同じである。

IMG_20160224_115750.jpg 何分、IS駅で降りるのははじめて、バス停がどこにあるのかも確認していなかったが、わかりやすいところにある。
11:53発だけれど、実際にバスが来たのは11:57頃。たった4分だけれど、何しろ、このバスに乗れなかったらちょっと厳しいので、やきもきした。

バスには既に2人の乗客がいて、IS駅からは私ともう一人、合計4人がI市方面へ(I市への特急で、他に降りるような停留所はない)。
バスの最終目的地はJR I駅。鉄道乗継の場合に降りる駅だが、ここに到着するのは12:18。IS駅から25分、鉄道乗継ルートよりも乗車時間自体はずっと短い。しかも、私の目的地は、バス・ルートではJR I駅より手前にある。

その手前のバス停で降りて、すぐのところにあるラーメン屋で昼食。
鉄道乗継ルートでW駅途中下車で摂る昼食は、たいていWラーメンなので、ここも同じようにラーメンを選択。というかI市の食事というとあんまり選択肢がない。

IMG_20160224_123526-crop.jpg 店の名前を冠した「だるまラーメン」を注文。
W県なのに、ここは博多風とんこつである。
スープはとんこつ、醤油とんこつ、塩とんこつ、辛旨とんこつの4種から選ぶことになっている。私は標準だろうと思って、とんこつを選択。とろっとした濃厚なスープだけれど、塩気はかなり抑えてある。
テーブルに、生にんにくとにんにく絞り器が置いてあって、自由に使って良いようだったが、後に控えている狭い部屋での会議のことを考えて、断念。
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こうやって、実際にバスに乗ると、このルートも悪くはない。
しかしW県にきたなら、やっぱりWラーメンでしょう。付近にはないのだろうか。

次回は新年度になるだろう。で、やっぱりここでも提出しました、源泉徴収用のマイナンバー。

そうそう、このバスの運行には、W県I市から補助が行われているそうだ。
それに、I市の住民が買物に行くのは、隣のW市よりも、りんくうタウンとかのほうが多いらしい。

車内検札の廃止

shanaikensatsu.jpg ネットの情報サイトを見ていたら、"東海道新幹線「指定席の切符拝見もうやめます!」"という記事が目に入った。

記事によると、

車掌は端末で指定席の発券状況を捕捉している。
念のため指定席をとっているが、それより早い列車の自由席が空いてれば座る人がいる。これを早く発見して、指定席として売れるように戻す。
検札よりも、車内巡回を強化するセキュリティ対策。
乗客のくつろぎ向上、限られた指定席の効率的な活用、収益アップの効果、そしてセキュリティ向上……。
開業から52年で初めてとなる方針転換には、“一石四鳥”の効果が期待できるというわけだ。


今は全くないけれど、数年前までは、月1回ぐらいは東京出張があったので、この記事に書かれている内容は良くわかる。
朝早い列車で一眠りしようと思っても、検札が回ってくるまでは落ち着かなかった覚えがある。
何より、上の2つ目の内容については私もやっていた。ただ、そのたびに、私がとっていた指定席は空で走ってるんだなという、かすかな罪悪感があった。

そうしたとき、指定解除をすれば、いくらかでも返戻があるようにしたら良いのではないかと思ったことがある。
今回は、返戻はせずに、車掌が、空いている指定席を売っちゃうということのようだ。
いわばチケットの二重売りである。

自由席に乗っている乗客が持っている指定席であることを確認してからでないと、ダブルブッキングになる。
日本国有鉄道の時代だったら、お役所仕事、指定解除で返戻する制度があれば別だけど、やらなかっただろうと思う。


記事にもあるが、この自由席検札は、駅を出たらすみやかに終えなければ意味がない。
例えば、新大阪から京都までの間に売れる指定席を確認、京都や名古屋から乗る客に売るというわけだ。でないと売るのが難しい。
想像だが、JRとしては空いた指定席を確実に売るとまでは考えておらず、売れれば儲けもの、ということだろう。

エクスプレス予約を使っている人は、列車変更は慣れっこだから、前の列車に乗って指定解除→返戻という制度だったら、絶対にやると思うけど、そうやって空いた指定席が売れる保証はない。いっそ、空いた指定席が売れたら、そのときに限り返戻というようなことにでもしたら良いけれど(これも役所的な感覚ではまずできそうにないが)。


やはり主目的はセキュリティの向上(車内焼身自殺を契機に)だと思うけれど、これで損をする人はいなさそうなので、良い取り組みじゃないかと思う。

黄檗山萬福寺の周辺

IMG_20151213_144220s.jpg しつこく書いてきた黄檗山萬福寺のシリーズも本日で打ち止め。

前回の「黄檗山萬福寺の紅葉」の記事の最後におもわせぶりに書いたように、南門脇に「黄檗文華殿」の標柱がある。これは、出てすぐ右側のコンクリートづくりの建物である。研究所も併設されていて、どうやら黄檗宗と萬福寺の関連資料が納められているらしい。

その建物の前に、河口慧海和尚の事蹟を称える碑が立っている。
鎖国状態のチベットに、身分も国籍も隠して密入国し、多数の梵語仏典を日本にもたらした、現代の、日本の玄奘三蔵のような人であるけれど、黄檗宗だったとは意識したことはなかった。
この人をとりあげたテレビ番組もあったと思う。

ちなみに、慧海の「チベット旅行記」は英語にもなっていて、"Three years in Tibet"というタイトルらしい。
"Seven years in Tibet"という映画があったけれど、慧海の方が先のはずである。


黄檗山にはこれからも所用で何度も来る予定だから、時間を見て文華殿を訪れるたいと思う。

IMG_20151213_144535s.jpg 南門から出て、もときた道を駐車場へ引き返す。

このシリーズの最初は、「ヒマラヤザクラ(?)」の稿であるが、そのヒマラヤザクラの前を再び通る。

その稿ではアップしていなかった「みみづく地蔵尊」の写真。この右手に件のヒマラヤザクラが咲いていた。

「みみづく地蔵尊」というのは、萬福寺とは別のお寺(萬福寺の塔頭?)、黄檗山聖林院が設置しているらしい。みみづくは知恵を司る神で、人の声をよく聞くイメージがある。
ここを発祥として、あちこちにあるらしい。


IMG_20151213_144652s.jpg そして、ふと気がつくと、みみづく地蔵尊に向かって左手、ヒマラヤザクラの反対側に、見慣れぬ実を見つけた。
後からネットで調べると、どうやら、クチナシ(梔子)らしい。
名前は良く聞くし、花もポピュラーな感じだけれど、実を見るのは初めて。

植物や動物の名前をネットで調べるのはなかなか大変である。
クチナシにたどりついたのは、"常緑樹 橙色 冬 6本"というキーワードでGoogle画像検索をして似た画像を探して。
そもそも最初は、橙色は実とも思わず、花だろうかぐらいに思っていた。


初めて見るものだし、実のてかりかたとか、稜がはっきりした形から、異国情緒を感じるのだけれど、古くから我が国に自生しているそうだ。

黄檗山萬福寺の紅葉

IMG_20151213_142803s.jpg 黄檗山萬福寺のシリーズ、今日は紅葉。
先日、奈良では2ヶ月近くも早く梅が開花したというニュースがあったぐらいで、紅葉の話題など、とうに時季外れ。

なんやかやで時節の記事を優先させているうちに、こんなに遅くアップすることになってしまったが、訪れた12月13日はこんな様子でしたという記録として。

実は、私の頭の中では黄檗山は紅葉と関連づいていた、で、付近一帯はもちろん紅葉の盛りだった。

境内はいかにと思っていたところ、お庭などに1本、2本と紅葉が植わっている。常緑樹との赤と緑のコントラストが効いた、ささやかな紅葉、という感じ。

私の頭の中で、紅葉が連想されたのは、おそらく黄檗山という名前からだろう、「黄」と「山」が名前に入っていること、「檗」も部首は木だろうから、そういう字面からの連想なんだろうと思う。
とはいえ、前述のような状態で、東福寺のようなわけではないから、紅葉を目当てに行ったら期待外れかもしれない。

IMG_20151213_143126s.jpg それでもネットで"黄檗山 紅葉"で検索すれば、らしい紅葉の写真が見つかる。

だいたい、紅葉の季節には、テレビがどこそこの紅葉といって気を惹くし、雑誌などにも見事な紅葉の写真が載る。
随分前のことだけど、そういう報道に接して、それではと思って実際にそこへ行くと、たしかに紅葉しているのだけれど、写真で見るような感動的なシーンにはなかなか出会えないものである。

写真では、光の方向、視るアングル、そしてその他の撮影設定により、最も美しいと写真家が考えるものが提供されている。これが見たいと思って現場へ行っても同じにはならない。
紅葉の写真は、いってみれば写真家の創作にちがいない。
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そう思って感動する紅葉の写真を思い浮かべると、そういう写真はたいてい、木の1本というか、さらにその一部を切り出して、しかるべき背景とのコンポジションになっているものが多い。

現場に行くと、光が透けてくるようなシーンが見られるわけではなく(行く時間帯や天候も大変重要だと思う)、へたをすると埃っぽいと感じるような褪せた赤の木々のかたまりにしか見えなかったりする。

そうした紅葉の木々の重なりが見事なのは東福寺だろう。前述の写真のような紅葉の鑑賞というのは、案外1本の紅葉を、いろんな角度・距離でながめているわけだけれど、東福寺の紅葉だと、相手の木々の方がいろんな角度・距離にあって、自らを見せてくれているようである。
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上の2枚の写真は、同じ紅葉。スマートフォンでただ単に撮っただけだから、感動的な紅葉にするなら、ここからうまくトリミングしなければならないと思うが、私にはそういうセンスはないので、そのままアップした。

このお庭を出ると、拝観順路もほぼ終わりとなる。
急ぎ足で通り過ぎるような拝観だったが、それでも約1時間半、見どころは満載のお寺である。

おおむね拝観を終えて出てくると、たくさんの大きな鉢で蓮らしいものが育てられていた。蓮といえばお寺にはつきもの。
IMG_20151213_144058-crops.jpg それぞれ、品種と思われる札がついている。蓮にはこんなに品種があったのかとおどろいた。
この鉢で育つ苗は、どこで花を咲かせるのだろう。

お寺を堪能して、帰途につく。
帰りは入ってきた総門・三門ではなく、駐車場への近道になる南門からにした。
中国趣味の門である。

脇には、「黄檗文華殿」の標柱が立っている。

黄檗山萬福寺と徳川将軍家

IMG_20151213_135248-crop.jpg 黄檗山萬福寺の煤払いに参加していた人の多くは、手拭いを頭に冠って作業されていた。
その手拭いを良く見ると、葵の御紋がどーんと大きく染められている。

売店でも土産物として売られている。


黄檗山が徳川家の保護を受けていたことは知っていたけれど、御紋の使用まで認められていたのだろうか。

そのあたりははっきりしないけれど、ここには将軍を祀っているところがあるらしい。

IMG_20151213_142250.jpg 写真は西方丈。公開されていない場所だが、案内では「この奥に徳川歴代将軍を祀る威徳殿がある」と書かれている。

Wikipediaによると、四代家綱が隠元禅師に帰依し、この場所を用意して黄檗山萬福寺ができたとあるのだけれど、家綱個人がどうであれ、幕府としては何か考えがあったのだろう。

家綱の時代は鎖国もほぼ完成し、外国との貿易・接触は、中国とオランダに限られていたわけだから(薩摩の密貿易などは別として)、中国情報をつかみ、国交に有利になるように、中国僧を保護し、中国との拠点となる場所として活用したのではないだろうか。

徳川将軍家の宗旨って天台宗と浄土宗らしいんだけど。

黄檗山萬福寺の境内案内

IMG_20151213_141554.jpg IMG_20151213_135830.jpg 時季の話題を続けたので間延びしたけど黄檗山萬福寺ネタ。

境内を見て回っていると、右のような「音声案内」の表示に気がついた。
ちょっとやってみようと思って、スマートフォンでQRコードを読み取らせることにした。
QRコードが表しているのは、URLで、そのURLを開くと音声案内(mp3)が再生されるという仕掛けである。

写真にあるように、日本語と英語の案内が用意されている(写真右の梵唄のような、音そのものの展示もある。この場合は英語はない)。

ネットにつながないと使えないわけだけれど、なかなか丁寧な解説(その分、通信量が多い?)が聴ける。
これで、境内で無料のWiFiアクセスポイントが設置されてたら完璧だろう。

あったかどうかはっきりしない。寺が用意してたらその旨、説明があるだろうけど、そういうものは目にしなかったから、多分、用意されていないのだろう。


全部でいくつあるのかわからないが、そのうちの何枚かを写真にとったので、うまく読めるかどうかわからないけれど、ここにアップしておく(読み取ったURLへのリンク、URL文字列も付記)。

IMG_20151213_135830-crop.jpg 天王殿(日本語)。http://www.eonet.ne.jp/~obakusan/guide/tennoden-jpn.mp3


IMG_20151213_142037-crop.jpg 大雄宝殿(日本語)。http://www.eonet.ne.jp/~obakusan/guide/daiden-jpn.mp3

IMG_20151213_141554-crop.jpg 梵唄。http://www.eonet.ne.jp/~obakusan/sounds/bonbai.mp3

この境内の案内はネットにも流れているだろうと思って、全部をチェックしなかったのだけれど、黄檗山萬福寺のサイトからは探し出せていない。
urlを類推して、次の2つはヒットしたので、ここに記しておく。
  • 山門 ― http://www.eonet.ne.jp/~obakusan/guide/sanmon-jpn.mp3

  • 斎堂 ― http://www.eonet.ne.jp/~obakusan/guide/saido-jpn.mp3

全部聞くにはもう一度訪れないといけないかも。


W県での慌ただしい仕事とゆったりした昼食

IMG_20151222_075715.jpg 昨日は、朝から仕事でW県へ。
朝10時には用務先に着かなければならないので、特急くろしお1号を利用。

10時に間に合わせるには、他にも和泉砂川からバスという方法もあることに気がついたが(所要時間はこちらのほうが短い。次に行くときはバスにしよう)、事前の打ち合わせもしたかったので、余裕のある時間に着こうとすると、ダイヤの都合からは特急を使うのがベスト。

特急料金は自腹だけれど、やはり特急は快速に比べてずっと快適。天王寺までの混雑した電車内では、仕事の資料を点検していたくせに、特急の方がスペースが十分あるのに(乗客は2人席に1人ずつだった)、敢えてそうしたことはせず、車窓から風景を見ながら、仕事のことも考えながら、ちょっぴり贅沢な時間を過ごした。

起きてから用務まで4時間というのは、あんまりなようだが、普段はメールや「宅ふぁいる便」で資料や意見の交換をしているわけで、いわば遠隔勤務(本業の傍らなので在宅勤務というわけにはいかない)、どうしても顔を出さないといけないときだけ行くわけである。

メインの仕事は無事にお昼前に済み(午後も打ち合わせや社長への報告などがあったけど)、気が楽になったところでお昼ご飯。用務先の人が気を使ってくれて、どこか食事をしたい場所があればというので、今年3月に開店したという、根来寺の向いのレストランへ。

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IMG_20151222_121728.jpg 古民家を移築したという店で、とても落ち着いた場所。
大根の煮物、焼き魚、豆腐、てんぷら、そして、茶粥。
茶粥というと奈良のそれが有名だと思うのだけれど、用務先の地元の人に聞くと、このあたりでは朝は茶粥が普通だという。

奈良の茶粥とは違い、番茶(?)の袋をいれてお粥を炊いたもので、素朴でイヤミのないものである。
茶粥はおかわりができないので、少々、お腹には物足りない。ただし、茶粥以外の炊き込みご飯、白御飯はおかわりができるので、物足りない人はぜひ、それらをおかわりすればよい。

今は冬で観光客も少ないが、桜の季節には相当の人出になるという。この店も客でいっぱいになるだろう。

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黄檗山萬福寺というところ

IMG_20151213_135923.jpg 今日も黄檗山萬福寺をとりあげる。昨日の記事で「不勉強な私には意外なお寺だった」と思わせぶりに終えたところを説明しよう。

前にも書いたけれど、所用で近くへ行って、ちょっと寄ってみようと無計画に訪れたので、萬福寺は初めてなのに、全く下調べをせずに行った。
知っていたことといえば、以前読んだ歴史の本で、江戸時代に伝来した最後の禅宗の一派が黄檗宗であること、その本山の名前が萬福寺であるということぐらい。

つまり、私にとっては黄檗宗という宗派名が先だったので、萬福寺は言い方は悪いけど、そのオマケみたいなもので、どこにあるかも知らなかった。
そして宗派名と同じ山号を持つから、この記事の題名のように、黄檗山萬福寺と続けて呼びたくなるわけである。

山号が、なじみのあるものだったら、「△△山○○寺」と調子よく記憶できるようだ。
たとえば、比叡山延暦寺は、山号が場所の名前そのまんまだから(どっちが先なのだろう、山の名と、山号と?)、記憶もしているし、違和感もなく続けられる。
対して、南禅寺の山号は瑞龍山だけど、瑞龍山というのになじみがないから、瑞龍山南禅寺(正確には太平興国南禅禅寺というらしい)と呼びたくなったりしない。


IMG_20151213_135903.jpg さて、普通、名刹を巡るとき、その目当てとするのは、建物やお庭、所蔵文化財などが中心で、宗派のことはあまり気にしないものだと思う。

(知恩院で、外国人観光客が「禅」と言っているのを聞いて可笑しかったけれど)

しかし、黄檗山萬福寺については、そうした建物、文化財についての知識はなく、禅宗の一派という知識しかないから、その知識を頼って、萬福寺も他の禅寺院と同じようなもの、ワン・オブ・ゼムぐらいと思っていた。

つまり、南禅寺や天龍寺、私の家から近い一休寺などからの連想で、武家好みで質実剛健、モノトーン、石庭、水墨画が良く似合う、なんとなく、そう予想していたわけである。




IMG_20151213_135606.jpg しかし萬福寺はこれらの禅宗寺院とは全然違うところがある。
中国風なのである。長崎の中国寺院のように建物は原色派手々々しくはないけれど(年月により褪せているだけだろう)、扁額や看板類の文字は中国風。そういえば敷石も日本の寺の風情ではない。

そして、そういうお寺と知らずにいって「ビックリポン」なのは、拝観順路の最初にお会いする布袋さまである。境内に「都七福神」の幟が立っていたが、その一つ布袋さまがいらっしゃる。

またまた知識不足を露呈するけれど、布袋さまは七福神の中で唯一実在したと考えられている布袋和尚だけれど、弥勒菩薩の化身なのだそうだ、知らなかった。
弥勒といえば、広隆寺の半跏思惟像の印象が強烈で、あのスレンダーな体と布袋様って、全く相容れない。そして、ここの布袋様の金色に光るお体とも。


IMG_20151213_140113.jpg 建物も、装飾も、そしてここで唱えられるお経も中国式だという。
それで、中国の人たちが、ここで中国式のお盆行事(「普度勝会」)が行われるそうだ。
華僑の方へ」という注意書きも掲示されている(写真右)。

開山の隠元禅師はもとより、このお寺の住持は、はじめのうちはみんな渡来僧である。
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掲示されている「本山歴代一覧表」(写真上)には、来朝期日、生国が書かれているので、渡来僧かどうかわかる。



萬福寺のご本尊は、釈迦如来である。
そして、釈迦如来もここでは金ぴかなのである。
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あと、萬福寺というとこれが出てくる。魚梆(ぎょかい)である。

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(ネットには表からの写真が多いので、反対側からの写真)


なんとなく、ユーモラスなところのあるお寺である。

黄檗山萬福寺の煤拂い

先日、黄檗山萬福寺に行ったこと、行った日がたまたま「煤払いのため無料」と書いたところで記事を終え、それきりになっていた。

しかし、このお寺は、なかなか見どころが沢山ある。
何度かに分けて、黄檗山萬福寺について書くことにする。

黄檗山萬福寺の三門をぬけて、内に入る。

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IMG_20151213_135248.jpg 先日の記事のとおり、ちょうど煤拂いが行われていた。
ただ、他の大寺でやられているような集客性があるような見ものというわけではない。掃除というのがふさわしい。

写真にも写っているように、境内のあちこちにバケツと箒が置かれていて、掃除をされている人たち(寺の人なのか、檀家や地元の人なのかわからない)がいる。

拝観料500円が無料になったので、ちりの一つでも拾って帰らないといけないような気がしたが、そういうものは落ちていないので仕方がない。
(紅葉の落ち葉を一枚、そっと持ち帰ったけれど。)


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例年、年末になるとあちこちの寺社の煤払いがテレビなどで報道される。
今まで、大掃除と区別せずに考えていたけれど、あらためて調べると、煤払いは年中行事であり、古来12月13日(本来は旧暦)に行われるものと決まっていたと、Wikipediaにある。

ただし、竹の棒で畳を叩いて盛大に埃をたてるシーンが有名な本願寺の煤払いは12月20日に行われるようだ。
また、似たような行事として、東大寺大仏のお身ぬぐいも有名だが、こちらは夏の行事。


我が家のそこかしこに埃が積もっているけれど、へたに拭くと、そこだけ埃が脱けて、目立って汚らしくなる。

ああ、面倒だ。


そして、お寺の年越し支度だな、日本的な正月準備の風景だなぁと思って見ていたのだけれど、黄檗山萬福寺というところは、不勉強な私には、意外なお寺だった。

黄檗山萬福寺

黄檗山萬福寺。

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IMG_20151213_134705.jpg 上の写真は総門。
総門という名前から想像するものと違い、随分小ぶりなつくりである。

ここから入るのか?と、とまどう。
向かって左手に脇口が開いている。いいのかなと思っていたら、和服の女性がすっと入って行った。関係者かなと思って、まぁ、入ってみようとくぐった。後で気づいたが、この女性も同じ拝観者のようだった。
途惑うのもしかたがない、近所に所用があって来て、ちょっと寄ってみようと思い立ったので、何の準備もしていない。そもそも、この名高い寺を訪れるのははじめて。

家から車で30分程度のところである。同じ宇治でも平等院とは違い、ずっと拝観者も少なく、道路の渋滞もない。駐車場を探すのに苦労することもない。
平等院の混雑がイヤな人にはおすすめである。

総門をくぐると、すぐにこのお寺の統一的なモチーフの一つと思われる、菱形の敷石が続く(写真右)。

とにかく境内の様子がわからないので、じっくりと案内図をながめる。

(写真下。左は放生池の前、右は天王殿前にあるもの)


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昨日の稿では、ヒマラヤザクラらしき花のことを書いたわけだが、それは駐車場から総門へ向かう途中にあった。駐車場はお寺の南東の方、少し上がったところにあり、いったいどこまで歩かされるのだろう、なかなか行き着かないなぁと思いながら、歩いていた。
既にその時点で、かなり境内が広そうだということは想像していたわけだが、この案内図を見ればわかるように、これはかなりの大寺である。


そして、雄大な三門が姿を現す。

IMG_20151213_134932.jpg


IMG_20151213_135038.jpg 広さから言えば、奈良の東大寺や興福寺などもとても広いと思うが、境内が街に溶け込んでいる風情であること、寺にあるすべてのお堂や回廊が維持されているわけではないから、個々の建物の雄大さは感じるが、境内として意識することはあまりないように思う。

対して、黄檗山萬福寺は、寺の全体、すなわちそれぞれの機能・信仰を持つお堂と、その回廊が維持されていて、閉鎖的な境内空間として大きさが感じられる。南禅寺のようにだだっ広いというわけではない。

IMG_20151213_135111.jpg 拝観料はどこで納めるのだろうと思いながら、三門をぬけると、右手に拝観受付がある。

「煤払いのため無料です。」

そういえば総門に「十二月十三日煤拂い」の案内があった。




夏休み終わり

夏休み終わり。

家人の実家のある観音寺から帰る。
電車で帰るときは、観音寺から岡山まで特急しおかぜに乗るのが普通だが、今日は時間の関係で快速と特急南風を乗り継ぎ。

まずは快速。


次は特急。
何の変哲もないディーゼル車。
土讃線は未電化なのだろうか。


ただし車内は特急らしい座席にはなっている。


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