初夏の訪れ

P_20170507_110027_vHDR_Auto.jpg 昨日、2泊3日の旅行から帰ると、ツツジが一層、艶やかに咲いていた。

そして、今日、駅のホームへの階段に、ツバメが巣をかけていた。
ツバメは連休前から現れていて、この巣もその頃から。
この駅では、毎年、何カ所かにツバメが巣をつくる。駅では、写真のように巣作りしやすいように、棚を用意してある。
(「頭上注意」の貼り紙がしてある。)

実は、我が家にもツバメが巣をかけようとしたことがあった。
場所が悪く、玄関の真上だったので、巣をかけはじめたことに気づいて、すぐに追い払った。
ツバメが巣をかけるのは福が舞い込むというのだけれど。

言い訳になるが、玄関回りに糞が堆積しては困る。それに、ドアを開けるたびに驚かせることになって、雛たちが落ち着かないだろう。
他の場所だったら容認というか、歓迎したかもしれない。

その後、ツバメはうちには見向きもしなくなった。
向いの家ではガレージに出入りしたりしていたが、それはそれでお困りだったようだ。

P_20170508_071057_vHDR_Auto.jpg    P_20170508_071103_vHDR_Auto-crop.jpg

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岡山から

昨夜は岡山泊。



朝食。





路面電車で岡山駅へ。





昨夜8時からの禁煙が解けました。



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観音寺市にて

今日は細かい雨。
お昼は近所のうどん屋。






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こどもの日

今日はこどもの日
このところ記念日ネタが続いたけれど、今日はこどもの日に因んだ記事ではない。

一応、こどもの日に関連づけるなら、自分がこどもとして義母のご機嫌伺いと、私の子供の新居を見に行くということ。
要するに、今日から3日間、四国、岡山を回る。

ツツジもようやく盛りになってきた。
例年、ゴールデンウィークが盛りだけれど、今年は数日遅かった。

IMG_0058.jpg

旅行中は、例によって「なう」記事を予定。




のぞみはガラガラ。




岡山駅の喫煙ルーム。




特急しおかぜ。
しおかぜもガラガラ。
大型連休も中盤は人の移動は少ないのだろうか。




瀬戸内海は快晴。


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スピーカーが帰ってきた

P_20170430_212648_vHDR_Auto.jpg 知人に修理を頼んでいたスピーカーが、1年半ぶりに帰ってきた。
TANNOY Arundelという古い(1982年発売)のスピーカーで、別の友人がスピーカーを買い替えたときに、余ったのを無償で譲り受けたもの。

古いスピーカーだから、コーンのエッジ部分が劣化して、ボロボロになっていた。修復剤(一種の接着剤)で誤魔化して使っていたが、やはり低音のしまりみたいなものが悪いのと、なんだかガサッとした音がするような気がして、本格的に修理をしようと思っていた。

ネットで製品に対応したエッジを探し、割りに評判の良い、永持ちしそうなプラスティック系の交換エッジを購入していたのだけれど、作業が面倒なので修復は延び延びになっていた。

スピーカーの自作とかもするという若い知人がいるので、修復をお願いしたら軽く引き受けてくれた。
なお、スピーカー自体が気に入ったらそのまま使ってもらって良いということにしていた。

P_20170430_212707_vHDR_Auto.jpg 修理自体は、1年ぐらい前に終わっていたのだけれど、そのまま使ってもらっていたけれど、知人の嫁(私の娘)が、家が狭くなって困ると苦情を垂れて、また我が家に戻ってきた次第。

修理に出す前の環境(PC―USBサウンドプロセッサ―アンプ―スピーカー)に戻して音出し。
エッジが修復されているということで、安心して聴ける。
ただ、なんとなく高音域の伸びがイマイチ、もともとこんな音だったかなぁと思いながら聴いていて、古いスピーカーでハイレゾとかの無い時代だから、こんなものだろう、今度はスーパーツィーターを追加しようか、それもやってくれるかな、なんて笑い話をしていた。

で暫くして、アンプ(ONKYO A-5VL)にデジタル入力があることを思い出した。
サウンドプロセッサ(Creative USB Sound Blaster Digital Music Premium HD)側の光デジタル出力をアンプにつないで、再度、音出し。

目を見張るというか、耳を立てるというか、明らかにクリアな音に変わる。
前もデジタル接続していたのである。

アンプまでデジタル接続するということは、信号の劣化はアンプまでは起きていないということだと思う。
スピーカーの問題ではなくて、アナログでの信号の劣化が問題だったようだ。

それにしても、35年も前のスピーカーで、製品仕様上は、周波数特性は30Hz~20kHzとなっているのだけれど、ハイレゾが無い時代だから20kHz以上を記載していないというだけで、実際はとてもスジの良いスピーカーであったわけだ。

50cm×50cm×100cm、50kgの重量級スピーカー、スジが悪けりゃ粗大ゴミ。


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集団的自衛権問題とは何だったのか?

今日は憲法記念日
このところ多い記念日ネタ。

前に“「戦後80年」はあるのか”という本を紹介したところだが、そのときは内田樹「比較敗戦論」だけをとりあげた。今日は、憲法記念日に事寄せて、同書にある
木村草太「集団的自衛権問題とは何だったのか? ―憲法学からの分析」について。

C8hX2Z5VoAAzefL.jpg 木村氏は、テレビのニュース番組にもたびたび登場していて、いかにも法律学者らしい、法体系を基準とした解説ぶりが印象的である。
本書でも、その基本スタンスは崩していない。つまり法体系を基準として論理的に解説される。
すべて報道されていたような内容のはずなのだけれど、こうして憲法学者に整理してもらうと、論点も明確になる。

私も前に、国際法上集団的自衛権が認められているから、合憲だという倒錯した論理を述べる一部与党の議員には呆れたことを書いた(憲法と安全保障)。
木村氏もまったく同じことを指摘されていた。
ただ、笑って済ませられないのは、そうした初歩的な論理の誤謬を平気で口にする政治家がこの国を動かしているという事実。これで政策をあやまたないなどということは、結果オーライ以外にはアリエナイ。


現在、この安保法制により、北朝鮮へ向かう米海軍に対して、自衛隊が防護出動することになった。

このことをケシカランなどと言うつもりはない、念のため。

昨年の安保法制議論のときに、北朝鮮の緊張をどこまで予測していたのか、もし予測していて法律を準備したのなら慧眼だと思うが、木村氏の解説を読んでいると、コトはそう簡単ではない。

下に見出しと一言解説を載せたけれど、その中に「個別的自衛権を制限する安保法制」というくだりがある。
これはわかりにくいのだけれど、木村氏によると、

2015年9月11日の国会集中審議で、民主党(当時)の福山哲郎参議院議員が「我が国に対し国際法上違法な武力攻撃をしているA国に後方支援しているB国の補給艦に対して、わが国は自衛権を行使できるか」と質問しています。これに対し中谷元防衛大臣は、「B国はわが国に対して直接攻撃をしていないので自衛権の行使はできない」と答えています。今回の安保法制によって、日本の個別的自衛権が制限されることを認めてしまっているわけですが、日本の安全保障上、極めて深刻な問題だと言えるでしょう。


今のところ、北朝鮮を支援する国はないだろうから、こうした事態には至らないと思うけれど、もしこのやりとりどおりだとすると、本当に武力行使について詰めて考えたのか訝られる。

また、後方支援は、「現に戦闘が行われている場所は除く」という話になってたようだけれど、それなら、日本の支援船を無視して、A国艦船のみに攻撃が集中されたらどうなるんだろう。個別的自衛権ではないし、かけつけ警護というわけでもなさそう。A国を見殺しにして逃げるんだろうか。戦闘に至らない間だけ防護って、言葉として変では。

いずれにせよ、集団的自衛権としてA国と同盟する以上、武力行使はA国と一体化したものとみなされることは覚悟しなければならないのだろう。

それにしても、もし朝鮮戦争で北が勝利し、朝鮮半島全体が共産化していたら、日本国憲法は直ちに改正されたにちがいない。


国際法上、武力行使は原則禁止されている
国連憲章二条四項
 
三つの例外
集団安全保障措置としての武力行使
それまでの緊急的対応としての個別的自衛権の行使、集団的自衛権の行使
 
安倍政権も認める九条の解釈
国連憲章が認める武力行使は権利、義務ではない
一項全面禁止説と二項全面禁止説(一項は侵略戦争の禁止、武力保持禁止の二項で一般禁止)
 
九条の例外と自衛権
例外規定があるか、あるとする場合の根拠は十三条(国内の安全)
ただし、これでは集団的自衛権の根拠としては薄弱、が従来の考え方
 
日本政府に軍事権は負託されていない
軍事権の規定は憲法のどこにもない、内閣に負託された権限は七十三条
国内安全保障の範囲であれば防衛行政と考え軍事権を持ち出す必要はない
 
安保法制は「全部のせラーメン」
 
安保法制のポイント
1 在外邦人の保護
2 武器等防護に関する規定の改正
3 国際平和協力法の改正
   現地住民の安全確保、かけつけ警護
4 後方支援
   非戦闘地域に限る⇒現に戦闘が行われている現場では実施しない
   電車を待つのにホームの黄色い線の内側だったのが、電車が来ていなければ線路へ降りて良い
5 「存立危機事態」要件の追加
 
自衛隊員の安全は確保されるのか
 
イラク戦争の総括という問題
過去の失敗の検証すらできない
 
個別的自衛権を制限する安保法制
 
集団的自衛権の行使と「三国志」
 
存立危機事態という概念の曖昧さ
曖昧ということ自体が憲法違反(法治主義に反する)
 
国会の議論は無駄ではなかった
議論の過程で、さまざまな言質がとれた
 
集団的自衛権違憲訴訟は可能か
裁判所は事案が発生しないと判断しないが、弁護士である国会議員に懲戒請求をすれば裁判になるかも
 
附帯決議に盛り込まれた仕掛け
存立危機事態と武力攻撃事態が重ならないことはほとんどない、
武力攻撃事態等に該当しない存立危機事態での防衛出動は、例外なく国会の事前承認を求める
自衛隊の海外活動についての一定期間ごとに国会承認
国会が活動終了を決議したらすみやかにその措置をとる

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ピロリ除菌の結果

nyosokokishiken.jpg 前にヘリコバクター・ピロリの除菌処置をしたことを書いた。
先日、その結果判定が出た。

私が受けた除菌処置(薬)の成功率は80%ぐらいあると聞いていたけれど、失敗すると別の処方で再度挑戦、そのときは禁酒が求められるということなので、1回で成功してくれないとつまらぬことになってしまう。

判定は呼気で行う(尿素呼気試験法)。
尿素を含んだ試験薬を飲んで、ピロリ菌がいたら尿素が分解されて発生する二酸化炭素を検出するもの。
もちろん飲んだ要素由来の二酸化炭素であることを判定するため、試験薬の尿素は炭素13で構成されている。

P_20170428_185350_vHDR_Auto.jpg で、判定結果は無事、除菌成功であった。

検査を受ける前から、除菌に成功しただろうという感覚があった。
もともと私は下痢しやすくて、お酒を過ごしたときなどは翌日は軟便になることが多かった。

それがピロリ除菌後は、体質が変わったというのか、下痢にならなくなった。1度だけ軟便があったけれど、これは脂っこく筋のある安物のビーフステーキと安物の赤ワインの夕食の翌日である(この組み合わせは以前から下痢を起こす。ヒレのやわらかいところ で、上等のワインだったら大丈夫だったかもしれない)。
便の様子(とりわけ硬さ)も、だいぶ良質になり、糞切りも良くなった。

ピロリの除菌では、薬の副作用で下痢になることがあるとされているが、私は服用中も下痢にも軟便にもならなかったし、除菌後は、上述のとおり、もともとの下痢性もなくなった。
IMG_20170425_091936.jpg
ネットで「ピロリ除菌 下痢」で検索すると、同じようなことを書き込んでいるものが見つかる一方、逆に下痢が続いているという書き込みもある。人それぞれらしい。

こうしたことから、ピロリ菌と下痢の直接の関係は否定的なようだ。
思うに、もともと胃炎が下痢のトリガーだったとするなら、

(ピロリ菌による)胃炎→ピロリ除菌→胃炎の治癒      
             →下痢性の改善      

ということなのかもしれない。

これなら、もっと早く除菌しておけば良かった。

十数年前、知り合いの医師からピロリの除菌する気はないかと聞かれたのだけれど、当時は未だ、そんなに普及した処置ではなくて、病院側もテストしたかったようだ。


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雇用身分社会

Koyomibunshakai_Morioka.jpg 今日はメイデー
中学の英語の教科書では、"May day"は「五月祭」で、古代ローマ(キリスト以前)に発する、豊穣を予祝する祭という解説があり、それとともに、"Maypole"の周りでダンスをするという解説があった。
そうした祭が、労働者の祭になり、現在のメーデーとなったものといわれる。

若い頃は、私も、大阪城公園―御堂筋―なんばのメーデーデモに参加したこともある。
組合から休業補償の参加費が出るので、それを握りしめてミナミのビアハウスへ行って打ち上げる、というのが定番だった。

ということで、メーデーにちなんで、森岡孝二「雇用身分社会」について。(このところ、記念日ネタの記事が続くなぁ。)
労働者の祭典であるメーデーが、もはや一部の恵まれた労働者しか参加できないようなものになってしまった歴史を振り返る。

しかも、いつ頃からか、中央や各地のメーデー集会が、5月1日ではなくて、ゴールデンウィークの初日あたり(今年は4月29日)に行われるようになった。GWで旅行に出る人とかに配慮したのだろうけど、団結して盛り上がろうというものからは変容していることの現れではないだろうか。


さてこの本だけれど、きっちりまとまったもので、章だけでなく節見出しまでの目次を右に掲載したけれど、これを見れば著者の問題意識と論旨の展開も推察できることと思う。(だからとって内容を読む必要はないというつもりはないけれど)

序章 気がつけば日本は雇用身分社会
派遣は社員食堂を利用できない?
パートでも過労とストレスが広がる
使い潰されるブラック企業の若者たち
現代日本を雇用身分社会から観察する
全体の構成と各章の概要
第1章 戦前の雇用身分制
遠い昔のことではない
『職工事情』に見る明治中ごろの雇用関係
『女工哀史』に描かれた大正末期の雇用身分制
戦前の日本資本主義と長時間労働
暗黒工場の労働者虐使事件
戦前の工場における過労死・過労自殺
第2章 派遣で戦前の働き方が復活
戦前の女工と今日の派遣労働者
派遣労働の多くは単純業務
1980年代半ば以降の雇用の規制緩和と派遣労働
財界の雇用戦略―『新時代の「日本的経営」』
リーマンショック下の派遣切り
雇用関係から見た派遣という働き方
中高年派遣の実態と派遣法「改正」法案
第3章 パートは差別された雇用の代名詞
パートタイム労働者の思いを聞く
パートはどのように増えてきたか
日本のパートと世界のパート
日本的性別分業とM字型雇用カーブ
パートはハッピーな働き方か
シングルマザーの貧困
重なり合う性別格差と雇用形態別格差
第4章 正社員の誕生と消滅
正社員という雇用身分の成立
「男は残業・女はパート」
絞り込まれて追い出される
過労とストレスが強まって
拡大する「限定正社員」
時間の鎖に縛られて
正社員の消滅が語られる時代に
第5章 雇用身分社会と格差・貧困
雇用形態が雇用身分になった
戦後の低所得階層
非正規労働者比率の上昇と低所得階層の増加
現代日本のワーキングプア
潤う大企業と株主・役員
労働所得の低下に関するいくつかの資料
第6章 政府は貧困の改善を怠った
政府は雇用の身分化を進めた
雇用が身分化して所得分布が階層化
男性の雇用身分別所得格差と結婚
高い貧困率は政府の責任
公務員の定員削減と給与削減
官製ワーキングプア
生活保護基準の切り下げ
終章 まともな働き方の実現に向けて
急がれる最低賃金の大幅引き上げ
雇用身分社会から抜け出す鍵
ディーセントワーク
あとがき
目次で分かるとおり、この本では派遣や非正規労働の現状を概観したあと、戦前にもこうした働き方があった、この問題を考える上では、歴史を知る必要があるとして、戦前の、労働基本権もなかった頃の労働について解説される。

「女工哀史」とか「ああ野麦峠」など、存在は知っていても、今まできちんと読んだことはなかったが、本書ではそうした本に加え、国(農商務省)が調査した「職工事情」などを史料として、丁寧に追跡する。


なので、戦前の厳しい労働者の暮らしについては良くわかるのだけれど、以前に読んだ濱口桂一郎「日本の雇用と労働法」では、それまでの「渡り職工」・親方による間接管理に代わり、資本主義的経営が顕著になった時代の雇用者確保の企業ニーズであり、戦時にかけての国策(皇国に奉仕する産業戦士)も一定の寄与をしていると指摘されていた。

第4章「正社員の誕生と消滅」では、そのことが書かれるのかしらと思っていたが、そこは触れず、「正社員」という言葉の使用例を分析して、パート社員に対する語という形で解説されている。しかし、正社員という身分が資本主義社会において果たしてきた役割を考えるなら、言葉の使用法の問題ではないと思う。門外漢の私は濱口説に説得力を感じる。

濱口説は、前近代的・封建的な間接管理が、近代的・集権的な直接雇用へ組み替えられていく歴史過程を見事にとらえているように思う。それは、現代の派遣労働を生む理屈(短期的な経済合理性)とは、ベクトルが異なるものだろう。見かけが似ているだけでは、厳しい労働環境の描写にはなるけれど、なぜ戦前と逆の動きになるのか、そこを突っ込んでもらいたかった。


以下の各章では、さまざまな統計資料を使って、派遣やパート、非正規雇用の実態を解説している。その一つ一つをここでとりあげてもしかたがないので、本書を読んでいて、私なりに考えたことについて書いてみよう。

まず、著者がこのままではいけないと主張する、非正規の働きかたの問題だけれど、私には、現在の趨勢が続けば、正社員と非正規雇用の分断は一層深くなると思える。
そして、そのときは、正社員は被雇用者ではなく、経営側に立つ身分になっているのではないか。
もちろん、正社員が肩たたきにあって、途中でドロップアウトしてしまう(経営側にふさわしくない人材)こともあるだろうから、より丁寧に言えば、経営側予備軍というのが正社員の実態ではないだろうか。
ごく少数の経営側と、大半の非正規労働者。かつての資本家と労働者の構図が再現されるのではないだろうか。

冒頭、メーデーが全労働者の祭ではなくなったと書いた。かつての労働運動では「労働者の分断」と指弾されたはずの状況だけれど、正社員ばかりの労働組合が、自ら選択したものなのかもしれない。


ならば、労働法制は正社員のためにではなく、非正規のために考えるべきだと思う。

もちろん正社員が過労死する状況を放置するわけにはゆかないけれど。

このとき、非正規が不安定な身分では、結局、企業にとっても決して良いことばかりではない。経営側と労働者に分断された場合、労働者には、企業に対する責任というものは失われる。売上を上げることも、経費を節減することも、労働者側にはまったくインセンティブが働かなくなる。

そして、会社一家というのを否定した企業は、労働者に愛社精神を求めてはならず、労働者もまた会社のためではなく、自身の豊かな生活のため、つまりしかるべき給与にのみ関心を持つ。

このとき日本製品への信頼は大きく低下し、もともとビジネスビジョンの弱く競争力のない日本企業は、最後の誇りである品質すら守れないという状態になるかもしれない。

そんな企業はイヤだ、という経営者、つまり、昔型の経営者なら、国の労働法制の枠組みではなく、それこそ全従業員を経営側と考えるような経営をすれば良い。

また、さまざまな働き方を認めていくというなら、政府は、さまざまな働き方でも安定した暮らしができる制度を用意しなければならない。単に派遣の規制緩和をすれば良いわけではなかろう。(終章に著者の提言)

最後に一言。
本書でも再三、過重労働のことが書かれるのだけれど、私には企業の過重労働の多くは、合理性を欠いた、単なるシゴキではないのかと思える。
彼らは長い時間をかけて、一体、何を生産しているのかと訝しく思う。(無責任・責任転嫁の名人だけど)
日本の労働生産性はOECD中、最低ランクにある。何時間もかけて解決しない問題が、ちょっとしたヒントで氷解するような楽しい経験をした人が少ないのか。職人肌・学究肌でプロダクティブな人は日本では出世しないから無理もないけれど。

企業は労働法制が、経営合理性を阻害していると主張する前に、自らの生産性がなぜ低いのかしっかり反省するべきではないだろうか。生産性が高ければ、過重労働・低賃金の問題は解決するはずだから(経営者が金の亡者でなければ)。
それに私は信じている、本当に高い生産性は、高いモラールによって支えられると。


【追記】

職場の地元では、今日、地区メーデー開催。

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四月のパリ

gatag-00004680-crop.jpg 今日で四月も終わり。
日本では四月は新年度の浮き立つ気分。

四月というと、爽やかさいっぱいの「四月のパリ」という歌を思い出す。

Isabelle Aubret-En avril à Paris(YouTube)
○四月のパリEn avril à paris(訳詩)


原題に忠実にいえば「四月に、パリで」ということになるようだけれど、パリでは恋の季節らしい。
古いシャンソン(1953年)だけれど、いささかも古さを感じない。(けど懐かしさを感じる)

YouTubeで検索すると、何人かがカバーしている。
私が聴いたことがあったのは、ダニエル・ビダルというフランス人形のような歌手が歌ったものだが、それはYouTubeには載っていないようだ。

昔のレコード屋では、ポップスのコーナーは、ロック、カントリー、フォークなどと並んで、シャンソン、カンツォーネというような分類がなされていたのだけれど、この頃は、アメリカ系の発信力が優勢となり、シャンソンもカンツォーネも一括りに"ワールドミュージック"というような扱いである。

微妙な陰影(転調)をご鑑賞ください。


残念ながら四月のパリに行ったことはない。というか、今まで一度しかパリに行ったことがない。
誰だったかな、「パリにゆきたしと思へど、パリはあまりに遠し」。

間違いでした:
   ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し
                        萩原朔太郎 「旅上」


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昭和史のかたち

今日は「昭和の日」。
私のような年齢の人は、反射的に天皇誕生日と思うのではないだろうか。
今上陛下が退位されても、「平成の日」が定められることはないと思う。やはり昭和は特別な時代だった。

Showashi_no_katachi_cover.jpg というわけで今日は、保阪正康「昭和史のかたち」について。

この著者については、以前から、一定の信頼を寄せている。
著者の意見や論評は、そう突飛でもアジテーショナルでもないということもあるが、史料へのあたりかたが丁寧で、幅広いようだ。それにテレビのドキュメンタリー番組などで目にする、著者が、その時代の経験者などから証言を聴く姿勢などに、この人の言うことは信用しても良いんじゃないか、という気になる。

さて、この本は、目次でわかるように、いろんな図形などが社会事象と結び付けられている。しかし、この図形は解説のための図解ではなくて、「たとえ」である。
その事象が持つ特徴が、どういう図形をイメージさせるのかといった性質のもので、事象を図解するというものではない。従って、そのたとえについて、なるほどそういうたとえも可能かなとか、これはちょっと無理があるなというのが率直な感想である。

そういう意味では、子供の頃、親に数学を教え込まれた(そして数学がイヤになった)という著者の一種の無理ワザでもある。なるほど、これはうまい譬だというのもある。そしてそのやりかた、アイデアがどれだけの事象説明に通用するのか、やってみたという感じである。

Showashi_and_square.jpg なかでも、うまい譬だと思ったのは、
「第2章 昭和史と正方形 ―日本型ファシズムの原型」。
国民を檻に閉じ込め、それを狭め、圧迫する(右図)。
その4つの壁が、「情報の一元化」、「教育の国家主義化」、「弾圧立法の制定と拡大解釈」、「官民挙げての暴力」であるとする。
これはなんだか、とても感じが出ているように思う。

三角や四角、円というのはともかく、座標軸を考えて分析するアプローチするのは、それなりに問題の所在を明らかにするのに有効なようだ。
たとえば「第8章 昭和史と座標軸」ではこのような考察が書かれている。
戦記・戦史の著者を、所属司令部を横軸に、階級を縦軸にとって、プロットすると、太平洋戦争の戦闘は意外なほど検証されていない、兵士の証言が語られてこなかったことが、戦後社会の歴史的欠陥だと指摘する。
将校たちは兵士に「戦死」を強要しながら、自分たちはひたすら生き残ることのみを考えている。
「戦争という軍事的行為を自らの栄達の手段と考えて、兵士たちの生命を平気で利用するその人間的退廃」。

この手法は「第10章 昭和史と平面座標」でも使われていて、天皇の戦争責任を、{法律的|政治的|歴史的|道義的|社会的}という区分を横軸に、{開戦|継戦|敗戦|終戦|臣民に犠牲を強いた|臣民の生命を危機に陥れた}を縦軸にとって分析している。
漠然と天皇の戦争責任と括るより、問題の所在を見つめる議論になりえる良い視点だと思う。
ただし、実際に検討するにあたって、気をつけなければならないのは、天皇は相手に応じた受け答えをする、つまり相手によって反対のことや矛盾することを答えることがあるという。天皇自身が、統治と統帥に分裂していたのかもしれない。

そうとしても、天皇を祀りあげることで、結果的に無責任な位置に安住しようとした軍の卑怯な態度は、否定できないだろう。もっとも戦後、その構図が見透かされたからこそ、卑怯者は追及されたが、天皇の戦争責任は追及されなかったのだろう。


こうした分析的視点に混じって、というかそれを支えるように、種々のエピソードがとりあげられている。
たとえば、軍事主導体制一色となったらどんなことになるのか、その結果が列挙されている。

1 軍事主導体制は、あらゆることが軍事のみに収斂されることになる。
2 兵士たちには命に値段がつけられているというのはあまり知られていない。
3 学問研究の内容は軍事的に価値があるか否かが判断の基準になる。


はじめに
第1章 昭和史と三角錐
―底面を成すアメリカと昭和天皇
第2章 昭和史と正方形
―日本型ファシズムの原型
第3章 昭和史と直線
―軍事主導体制と高度経済成長
第4章 昭和史と三角形の重心
―天皇と統治権・統帥権
第5章 昭和史と三段跳び
―テロリズムと暴力
第6章 昭和史と「球」、その内部
―制御なき軍事独裁国家
第7章 昭和史と二つのS字曲線
―オモテの言論、ウラの言論
第8章 昭和史と座標軸
―軍人・兵士たちの戦史
第9章 昭和史と自然数
―他国との友好関係
第10章 昭和史と平面座標
―昭和天皇の戦争責任
おわりに
2について、軍にそういう経済合理性があったのかと思ってしまいそうだが、それは経済合理性なんかでは全然ない。
特攻に出撃したのは、第一陣こそ職業軍人だが、以降、学徒兵、少年兵で多くが占められることになる。
「軍人一人を育てるのにはずいぶん経費がかかっている」からで、そうではない学生なら良いのだと、これは当時の航空関係の参謀の証言だという。
また、広島に原爆が投下されたとき、広島近郊の旧制中学や高等女学校の生徒が、遺体処理などのために広島市内に動員されている。江田島の海軍兵学校からは行っていない。
海軍首脳部によると「彼らは次代のエリートである。どうして彼らをそういう仕事に従事させることができようか」というのである。

3については、戦時中、多くの大学は文学部を廃止しているという指摘がある。
これなど、最近、文学部不要論なんていうのが出てきたことを連想してしまう。もちろん、戦時下の文学部不要論と、最近のそれとは違うものだけれど、案外、通底する感覚があるのではないだろうか。

1、2に関連しては、こんな証言もとりあげられている。
(元)陸軍の将官に会った折に男の子がいるか聴かれ、いると答えると「戦争で死なない方法を教えてあげよう。陸軍大学校に入れろ」と。陸大に行っていると前線には出ない、後方で作戦計画を練っているだけだから。大東亜戦争で陸大出身者の死者は驚くほど少ない。

そういえば、米国では、階級別戦死者数は階級別人員に比例する、つまりどの階級の軍人も同じ割合で戦死している(上位者の方がやや死亡率が高いとも)が、日本では、圧倒的に下位階級の死亡率が高いという統計があるそうだ。

つまり、今でいうなら、子供の命が惜しければ、防衛大学校へ入れれば良いということらしい。

もっとも民主的軍隊になったらそういうわけにはゆかないだろう。
エリートで無責任、憂国の身勝手なプライドだけは化け物じみて大きい。そういう軍隊にとっては民主教育は都合が悪いに違いない。


もちろん、そんな軍人ばかりのはずはない。率先して危険に身を投じた人も多かっただろうと思う。そうした立派な人を軍人の鑑として顕彰することもやぶさかではない。
しかし、問題は個人の資質にあるのではなくて、構造的な問題だろう。
立派な軍人という人たちは、インパール作戦を止めるのではなくて、そこで死んでいく方を選びがちなのではないだろうか。

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比較敗戦論

今日は、サンフランシスコ講和条約記念日
65年前の1952年4月28日、「日本国との平和条約」が発効した日である。
言うまでもなく、この条約によりいわゆる戦後処理が終了し、日本国の主権が回復したわけである。

今どきの若い人にはピンとこないと思うけれど、1960~70年代は、この日は盛大なデモが行われる「旗日」だったと記憶する。平和条約発効を祝うものではなく、同時に締結された日米安保条約に反対するデモである。

「戦後80年」はあるのか―「本と新聞の大学」講義録
 
まえがき
 
姜尚中
第一回 基調講演
一色 清
姜尚中
第二回 比較敗戦論
      敗戦国の物語について
内田 樹
第三回 本と新聞と大学は生き残れるか
 
東 浩紀
第四回 集団的自衛権問題とは何だったのか?
      憲法学からの分析
木村草太
第五回 戦後が戦前に転じるとき
      顧みて明日を考える
山室信一
第六回 戦後日本の下半身
      そして子どもが生まれなくなった
上野千鶴子
第七回 この国の財政・経済のこれから
 
河村小百合
第八回 総括講演
姜尚中
一色 清
あとがき
 
一色 清
というわけで、本格的な戦後がはじまる日にちなんで、今日は「比較敗戦論」。
「比較敗戦論? なんだそりゃ?」と訝られると思うけれど、この言葉は、“「戦後80年」はあるのか―「本と新聞の大学」講義録”という本の中で使われていたもの。

この本は、一色清、姜尚中をモデレータとして、著名な学者・研究者がそれぞれの専門領域について講義し、Q&Aを含めて編集されたもの。その中の内田樹氏の演題が「比較敗戦論」である。以下、その概略。

前の大戦での敗戦国、日本、ドイツ、フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、タイ、これらが連合国が敵国として認定した国だそうだ。他に国と認定していない交戦団体として、フィリピン第二共和国、ビルマ国、スロバキア共和国、クロアチア独立国、満州国、中華民国南京政府などがあるという。

まず意外なことに、敗戦国に、日独伊三国同盟のイタリアは含まれない。
というのは、イタリアは1943年にイタリア王国軍とパルチザンがムッソリーニを倒し、ドイツ軍を敗走させたので、イタリアは戦勝国という理屈になるのだそうだ。(おまけに1945年7月には日本に宣戦布告している。)
sengo80nen_0844b.jpg 最初は日独とともに連合国と戦い、内田氏も書いているように、戦後のイタリアは「自転車泥棒」などの映画で、荒廃した都市の映像が思い浮かぶので、まるで敗戦国のような印象がある。しかし、国土を戦場にしたけれど、最終的に勝利をおさめたという見方もできるわけだ。内田氏によれば、

イタリアは「内戦と爆撃で都市は傷ついた。行政も軍もがたがたになった。戦死者は30万人に及んだ。でも、その経験を美化もしなかったし、否認もしなかった。『まったくひどい目に遭った。でも、自業自得だ』と受け止めた。だから戦争経験について否認も抑圧もない。」という。


イタリアと逆に、フランスについては、戦勝国づらしているが、それは違うだろう、という。(内田氏は専門はフランス哲学ということで、このあたりは詳しいようだ。)
フランスはドイツにマジノラインを破られて、半分はドイツ領に、半分はヴィシー傀儡政権統治となり、大量の労働者をドイツに送って支援し、兵站を担い、国内ではユダヤ人を迫害した(捕えたユダヤ人は国外の収容所へ送られた)。
で、ドイツ軍が劣勢になってから、レジスタンスが膨れ上がり、対独協力政権の中枢人物もレジスタンスに加わるという。
このとき、ド・ゴールが国としての実体はない自由フランスを「戦勝国」にした。米英は認めたくなかったけれど、膠着した戦局の打開にレジスタンスを使うことで、ド・ゴールがうまく立ち回ったということらしい。

ずっとドイツに協力していたフランスが、最後になって、戦勝国に滑り込んだ、内田氏は、疚しさを感じるべきだった、という。そうした総括がないまま戦後となり、そのことが、トラウマになってしまう。つまり、ドイツに協力していたことをみんなが忘れよう、蓋をしておこうという行動に出るようになる。

ドイツは敗戦国とされるが、東ドイツは共産主義革命で建国した、戦勝国という話になっていたそうだ。だから、ナチスの戦争犯罪に対して責任を感じていないという。自分たちはナチスの被害者であり、ナチスと戦ってドイツ国民を解放した、ナチスの戦争犯罪について謝罪する必要はない、という。

他の敗戦国、ハンガリーやタイ、クロアチアなど、どの国も敗戦は忘れたい過去であった。
なお、韓国は戦勝国に座りたかったのだけれど、戦争中、日本と戦う「政府」はなかった。最終的にイギリスなどの反対で戦勝国にはなれなかった。(朝鮮戦争は日本との戦争だと思っている韓国民がいるらしい。)

日本は、前の戦争で犯した罪をきちんと反省し、敗戦の総括をしていない、だからいつまでも中国や韓国、東南アジア諸国との関係に影を落としていると良く言われる。
しかし、どの国も、自らの敗戦についてきちんと総括なんかしていないことは、同様のようである。
だからといって、日本の態度がこれで良いというわけではない。どの国もトラウマを抱えている。

内田氏によれば、結局、国民的な「恥辱」や「怨嗟」がいつまでも血を流し、腐臭を発している。
比較敗戦論というのは、国によって違いはあるものの、どうやらこうした敗戦処理の難しさを浮き彫りにした。そして、この比較論はこうした視野を持っていなかった私には新鮮だった。

話題は少しそれるけれど、内田氏はさらに、アメリカの強さに言及する。これについても少し紹介しておこう。

内田氏は、アメリカの強さは、カウンター・カルチャーを持つことにあるという。
アメリカには、体制を否定・反抗する勢力が常にいて、それがいるおかげで、アメリカに敵愾心をもつ海外のグループからも、アメリカをひとしなみに否定されたりはしないのだという。

そういわれれば、たしかに日本国内でベトナム反戦運動が激しかったころ、米国のステューデント・パワーもベトナム反戦運動をしていた。日本でも米国でも、ボブ・ディランが聴かれ、歌われて、海を隔てて共感していたという風がある。
日本では、米国の学生も反戦運動を戦っているぞ!と受け止められたし、もちろん米国の方では、海外の多くの国で、反戦運動が巻き起こっていると力を得ていたに違いない。
アメリカをこきおろしていた人たちが、アメリカに触れて、かぶれてしまうことも多かったと思う。


米国の一番のトラウマは南北戦争だろうという。
この国民の記憶が、国内でいかなる意見対立があっても、最後の一線、内戦が選択されないことになるのかもしれない。

“「戦後80年」はあるのか”という本は、小さな本で、短時間の講義録という性格から、細かい検証などは行われていないようだけれど、提示されたテーマはどれも興味深い。

上野千鶴子氏の講義については、前に少しとりあげている。


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メドベデワのセーラームーン

2017-04-24_205240.png
月にかわっておしおきよ!
フィギュア・スケート国別対抗戦は、なんと日本が優勝。
男子はスゴイが、女子も随分頑張った。

それはともかくとして、先日行われたこの大会のエキシビションで、やってくれました
メドベデワのセーラームーン」。
いやぁ、期待以上です。

前に「見たかったでゲス」と書いていたけれど、今回、ちゃんとビデオに撮って、じっくりと見せてもらった。

残念ながら、ブログでお見せできるのはビデオではなくて、スティルのみ。
ご勘弁ねがいます(著作権者のかたも)

YouTubeなどには動画が流れてるので、そちらをご覧ください。


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今年の歓送迎会

P_20170425_183059_vHDR_Auto.jpg 昨日は職場の歓送迎会。
2課合同で開催、その上、出入りも多かったので、総勢36名ぐらい。

今の会社は、前のところと比べて、随分のんびりしている。
前のところでは、多くの職場が人事異動初日、つまり通常なら4月1日(今年は曜日の関係で多分4月3日だったろう)にさっさと済ませる。
ということは、異動があった人は、前所属(歓送)と新所属(歓迎)のかけもちになることが多い。

ある同業者から聞いた話では、そこでは、歓送会と歓迎会を別にやるのだそうだ。
その会社は、支所があちこちにあって、しかも交通が不便なので、本社から支所へ異動になると、新年度に新しく着任した支所から本社へ来るのが結構面倒とのことで、旧年度、まだ前所属に居る間に歓送会をやり、新年度に新所属で歓迎会をやるという。

歓送迎会でやると、異動のなかった人は宴会は1回だけになるが、分けると誰もが2回の宴会になるというわけで、それはそれで不公平がないという考え方もできる。


P_20170425_184257_vHDR_Auto.jpg それにしても、今の会社、のんびりしているというのは、日程のことだけじゃない。
17:15に仕事が終わるのに、なんで18:45スタートなんだ?
今回の会場は電車に乗って行くところで、移動に30分ぐらいかかるとはいうものの、それを見込んでも1時間も手持無沙汰な時間を過ごすことになる。
職場の近くでやる宴会でも、たいてい1時間ぐらいの待ち時間になる。

こんなところにも組織の特性があらわれるものかもしれない。


P_20170425_184322_vHDR_Auto.jpg お品書きにはいろいろならんでいるけれど、座が乱れるのが早く、後半の料理はほとんど食べられなかった。かろうじて、巻寿司をつまんだぐらい。

いつも思うのだけれど、みんな向けの宴会コースって、結局、ほとんど誰向けでもないのでは。



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昔の名前で出ています

2017-04-24_195934.png 昨日は、午後休(正確には11:00から)をとって、大阪市内へ。

先週末、突然、携帯に電話がかかってきて、「忙しいと思うけど、ちょっと付きおうてくれんか」と。
電話の主は、前の会社の、前の副社長。今は、前の会社の関連会社に行っているという。

話を聞くと、なんでも監査、といっても公式のではなくて、任意で改善点の助言を受けるというような性格のものなのだけれど、そこで情報システムについて、いろいろ指摘を受けたのだそうだ。

で、以前、私が情報システムに関わる仕事をしていたことを思い出して、電話してきたということらしい。

後で、前の会社に寄ったら、どうもその人が前の会社の部長とかに電話を入れて、私の電話番号を聞き出したらしい。この会社の個人情報保護はどうなってるんだ。


というわけで、私も断りにくいし、かといって今の仕事の一環というわけにもいかず、休暇をとって出向いた。
いくと、7人ぐらいを相手に、監査指摘事項について、どう対応するのかについて、私なりの意見を開陳。

要するに情報セキュリティの問題なのだけれど、私はこの手の質問を受けたら、必ず言うことにしているのは、守るべき情報がどれで、それにアクセスできる人はどの範囲にするのか、まずそれを確認してください、ということ。

今回の案件の中の1例としては、現情報は当該事務担当課が作成するけれど、その決済のために経理部門にデータを送っているというので、それなら、現情報の管理責任は事務担当課で、そこから経理へ送るところまでが事務担当課の責任、それを受け取って金融機関にまちがいなく送信するのは経理の責任、そうした責任分解も含めて明確にしておくことがまず一番。
そして、次に、事務担当課から経理へデータを送るときに技術的対策として何を採用すべきかを考えましょう、とりあえず、USBメモリで搬送しているというのなら、最低、暗号化はしてください、と指示。

技術を導入すればセキュリティが高くなるというものではない、何を守るか、まずそのポリシーを明確にし、職員がそれを自覚して、そのうえで技術を選択する、これを忘れては技術対策はほとんど無意味である、と説教を垂れた次第。

このレクチャー(?)1時間の成果は、昼食をおごってもらったことだけだけれど、まあ、準備も何もなく、思っていることを言うだけで昼飯にありつけるというのは、そう悪いことではない。

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町村合併から生まれた日本近代 明治の経験

9784062585668_w.jpg 松沢裕作「町村合併から生まれた日本近代 明治の経験」について。

昨日取り上げた「明治維新という過ち」よりも随分前に読んでいた本で、書評を書けるほどの感想は持てていなかった。けれど、昨日の記事を書いていると、明治維新がなぜ失敗しなかったのか、その一つの説明に繋がるものだと思い直して、記事を起してみた。

昨日の記事では「明治維新という過ち」という本をきちんと評価するには、他書も読むべきと書いたけれど、この本はそういう本の一つだと思う。

歴史上の事件・動きが丁寧に追いかけられている。
この時代の流れは、あまりに複雑かつ急進的なところがあって、読者としては、これについていくのは相当の集中力が必要である。それについては、本稿で取り上げてもせんないことである。

江戸時代の領地がモザイク状になっているというのは、この本を読む前から知識としてあったのだけれど、それでは、領主は統治するの難しいのではないだろうかということ。
領地が分散していては領主が大変だし、隣接地の領主が違っていては領民も大変じゃないだろうか。
そもそも、平安時代の荘園から、領地というものは、どんどん細分されて、権利関係が複雑になっていく。ひどいのになると村の年貢の何割がA領主、何割がB領主という状態になるわけだ。

はじめに 境界を持たない社会・境界を持つ権力
第一章 江戸時代の村と町
1 モザイク状の世界
2 組合村
3 村と土地所有・村請制
第二章 維新変革のなかで
1 「大区小区」制
2 明治初年の町村合併
第三章 制度改革の模索
1 区戸長たちのフラストレーション
2 内務省と井上毅
第四章 地方と中央
1 地方三新法
2 町村運営の行き詰まりと明治一七年の改革
第五章 市場という領域
1 境界なきものとしての市場
2 備荒儲蓄法
3 道路が結ぶもの
4 市場と地方
第六章 町村合併
1 「自治」の思想
2 合併の遂行
3 行政村と大字
むすび 境界的暴力と無境界的暴力
そういう事情があるから、水利組合や清掃組合など、ご領主さまとは関係のない、地勢的条件による組織が活動していた。つまり、封建時代という言葉とは裏腹に、特定の領主が領民の全生活を律するとか、領地を統治するというような社会ではなく、典型的には殿様とは所詮年貢の納め先でしかなく、殿様と領民に親密な関係などあろうはずがない(領域国家の体裁を持つ大藩なら別かもしれないが)。

昨日の「明治維新という過ち」は武士社会・武士道を礼賛する(百姓あがりの「志士」だから武士ならやらないような卑劣な行為ができる)のだけれど、こうした領主と領民の関係という視点は希薄。もっとも、薩長や土佐は一国領国だから、あまり入り組んではいないかもしれないが。


ということで、大きく感想を言うなら、明治維新後、日本国が経済的に破綻することもなく、なんとかいろんな形をさぐりながら現在に続いてきた、その根本のところは、地域における生産活動の存在が必要、なにより税金(年貢)を徴収するという地域の行政(の下請け)が機能していた、そのことが詳細に追跡されている。

江戸期には、一時的に御用金として集めるものはあったようだが、直接国税とか、藩から集める連邦税的なものは制度化されていない。
基本的に徴税機構は、代官が置かれた天領を別として、諸藩が運営しているもので、ご一新後も、これが機能しなければ、国家予算は組めなかっただろう。

だから赤報隊による「年貢半減」デマを流せたし、それが効果を上げたわけだ。


その後、国税の徴収システムが整備されたので、徴税機構としての地方の役割りは小さくなった。

と、このように、本書を読んでいるうちに、封建時代の税制から、中央集権の税制への移行がどう進められたかという点に私の興味は収斂したのだけれど、著者にとっては、そちらはむしろアタリマエみたいで、それよりも「境界」とは何かという、やや哲学的な問題意識があるようだ。

本書の「はじめに」は、"境界を持たない社会・境界を持つ権力"という副題が付いている。
一体、何を言いたいんだろうと訝りながら読んだわけだけれど、読み進めば、なんとなく著者の問題意識の所在というか、洞察を端的に表現する言葉であることが諒解されてくる。

そして、越境して拡大する経済の特質というところまで考察は広がる。

ただし、そちらについてはあくまで端緒として考察されるにとどまる)


細かい具体的事件・事象については、読後の記憶としては残りにくいけれど、なるほど、国のシステムが変わるというのは随分と大変なことなんだな、得する人も損する人も出るんだな、歴史の理解には税制の理解が必要だ、まだまだ勉強不足だなぁ、そういうことを考えさせられる本である。

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明治維新という過ち

原田伊織「明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」(改訂増補版)について。

71l_9-DlX0L.jpg 私は、以前から明治維新というのはあんまり好きじゃない。
血塗られた、下劣な薩長のやり口、とりわけ、真摯に許しを請う相手を侮辱するようなのは不快だし、自己保身だけの京都の公家というのも気に入らない。かといって、徳川慶喜は優秀だけど小手先で誤魔化そうとする無責任なトップ、そんなイメージがある。

ということで、タイトルに惹かれてこの本を読んだ。
読み始めると、「はじめに」には、~竜馬と龍馬~として、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が坂本龍馬を英雄にした、司馬遼太郎は"龍馬"でなく"竜馬"と表記することで小説中の人物という言い訳を込めている、そして、坂本龍馬はグラバー商会の使いっぱしりに過ぎないと、龍馬ファンなら怒髪冠を衝きそうなことが書かれている。

これは「はじめに」だから、結論じみたことを最初にアジテーショナルに書いたものと受け止めて、何故そう主張するのか章を進めていけば、その理由が明らかにされるものと思って読み続けたのだけれど、その攻撃的な口調が続く。ところどころに根拠が引かれるところはあるけれど、諸説があるようなので、史料批判に耐えるものなのか、浅学な私には判断できない。

著者の主張と異なることを勝海舟が証言していると、勝の言うことは信用できないと切り捨てているが、読者はどうしたら良いのか。


はじめに 〜竜馬と龍馬〜
第一章 「明治維新」というウソ
廃仏毀釈と日本人
「官軍教育」が教える明治維新
幼い天皇を人質とした軍事クーデター
実は失敗に終わった「王政復古の大号令」
戦争を引き起こすためのテロ集団・赤報隊の悲劇
第二章 天皇拉致まで企てた長州テロリスト
「家訓」を守った誇り高き賊軍
血塗られた京の文久二年
尊皇会津藩と朝敵長州の死闘
天皇拉致を防いだ池田屋事変
第三章 吉田松陰と司馬史観の罪
吉田松陰というウソ
「維新」至上主義の司馬史観の罪
第四章 テロを正当化した「水戸学」の狂気
「昭和維新」が生んだ「明治維新」
狂気のルーツ・水戸黄門
徳川斉昭の子供じみた攘夷
阿部正弘政権による実質的な開国
「瓢箪なまず」の改革
阿部の残した官僚たち
水戸の公家かぶれと『大日本史』の無理
第五章 二本松・会津の慟哭
戊辰戦争勃発、反乱軍東へ
戊辰東北戦争にみる奥羽の潔癖
三春の「反盟」、秋田の「裏崩れ」
誇り高き二本松 ~少年たちの戦~
会津藩と奥羽列藩の止戦工作
会津の惨劇 ~ならぬことはならぬ~
北斗の南
第六章 士道の終焉がもたらしたもの
薩摩の事情と西郷の苦悶
武士福沢諭吉の怒り
あとがき
一方、江戸時代が高度な社会システムを持っていたこと、幕末官僚には大変優秀な人が綺羅星の如くであったことなどは、あまり知られていないと著者は言うのだけれど、これは多くの歴史学者が一致するところであり、今では、常識に類することではないかと思う。

例えば、幕末の金の流出事件は、日本と諸外国の金銀交換比率の違いが原因ではあるが、それを幕閣が知らなかったからではなく、日本では金銀が素材として交換されるのではなく、銀貨は「銀で作った信用貨幣」という性格のものであったためで、あまりに先進的な日本の通貨システムが、外国人には理解不能(そしてそれを良いことに通貨の交換を正当化)という事情があったと言われている。


結局、怨念が表へ出過ぎているというか、怨念の固まりのような本になっているわけだけれど、これはこれで明治維新へのアンチテーゼという意義は十分に果たしている、ちょっと扇情的なぐらいに。

著者は、薩長の卑劣性、下劣性、残虐性を執拗に追及し、その証跡の言挙げに多くの紙幅を費やしている。
なかでも、二本松少年隊の悲劇は、「八重の桜」でもとりあげられたけれど、ほとんど一瞬画面を過った程度で、多くの印象を残さなかったが、本書ではかなり丁寧に解説されている。

会津(福島県)と長州(山口県)の間では、今でも婚姻が成り立ちにくいとは良く言われることだけれど、彦根と水戸や、二本松と三春(奥羽越列藩同盟を裏切る)もそうらしい。平成の大合併で、二本松と三春は合併してもおかしくない地理的条件であったにもかかわらず、ついに合併はならなかった、それもこれが原因という。


幕末の英雄を徹底的に貶めようという意図だけは明確である。
ただ、これでもか、これでもかと、あまりに容赦ないので、辟易するとともに、本当に、それほど、悪辣で、馬鹿で、卑怯で、下劣というだけでは、革命が成功するはずはないとも思う。

高校の日本史の授業のときに、教師が、みなさんが新政府の指導者だったら何をどうするか、と問いかけたことがあった。そして、誰も答えられないのを見計らって、そんなことでは革命はできませんね、と。
もっとも、新政府の施策を細かく説明している本などを見ると、まさに試行錯誤、見通して施策をうったとは思えないところも多い。結局、旧幕府が反革命を企図せず、江戸時代の惰性のおかげで、新政府はなんとかやっていけたという気がする。


著者は、幕末の志士(この言葉使いにもクレームをつけている)は、テロリストに過ぎない、そしてテロリズムは絶対に許さないという。

私も前に、吉田松陰はテロリストと書いたことがあるけれど(寅さんは尊王攘夷かい)。

しかし「テロとは失敗した革命である」という言い方もある。(学生運動が過激化したその末期の言)
ならば、著者が歯噛みしようと、革命に成功したならば、彼らはテロリスト呼ばわりはされないわけだ。

一つの歴史観として興味深いし、明治維新をそれほどの偉業とは思っていない私には共感するところも多い。
しかし、史料の選び方、読み方がフェアであるかについては、他書とも比較したほうが安全かもしれない。

誰が言ったのか忘れたが、「江戸は、後の近代日本を準備して、見事に、潔く役割りを終えた」ということは、間違いないと思う。

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